日清食品株式会社、紙の一手。レンジ2分15秒が変えた夜の台所

お湯の湧く音がしない夜のキッチンを思い浮かべてください。湯気のかわりに、電子レンジの静かな回転だけが鳴っています。米国の「カップヌードル」は、長年の発泡スチロールから紙カップへ、そして電子レンジで2分15秒という“直調理”へ踏み出しました。PS(ポリスチレン)フリー再生繊維40%、外装は100%再生紙。短い言葉で価値が一息に伝わるよう、設計は細部まで整えられています。日清食品株式会社は何を見て、どの扉を開き、何を手放したのか。選択の裏側と、その先に現れた成果をたどります。

目次

どの企業の物語?

これは、日清食品株式会社の物語です。日清食品株式会社は、創業者の安藤百福が発明した「チキンラーメン(1958年)」と「カップヌードル(1971年)」で知られる即席麺のパイオニアで、持株会社グループのもと世界各地で事業を展開しています。グループ本社は東京都新宿区、連結従業員は約1.6〜1.7万人規模(期により変動)です。

なぜ成功したのか
  • 短い言葉で届く、体験価値の再編
  • 利便と規範を同時に満たす、容器設計
  • 伸びる市場に体験で合流する、意思

どんな課題を抱えていたのか

米国の食卓では「レンジで完結する」という作法が広がり、若年層ほどその頻度が高いと同社IRも示します。にもかかわらず、旧来のポリスチレン容器はレンジ非対応で、生活動線に“お湯を別で沸かす”という一手間が残っていました。他方で、小売の棚前ではサステナビリティ表示の存在感が増し、素材の規範性を外さずに体験を劣化させないことが条件になります。ここで同社が明確にすべきは三点でした。第一に準備の摩擦を減らす(秒数と手数の短縮)。第二に素材を環境配慮へ切替(PSフリー、再生比率の明示)。第三に棚前の一言で価値が通じるコピーの設計。この三拍子を同時に満たす打ち手こそ、次の章で語る“紙×レンジOK/2:15”でした。

どの選択肢があり、どう選んだのか

まず、現実的な三案が検討できました。

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選択肢期待できる効果コスト/難易度リスク総合コメント
(A)
PS容器のまま改善
短期コスト低利便・規範の両立が難しい長期メッセージが弱い
(B)
紙カップ+レンジ対応(全面)
準備の摩擦を解消/“レンジOK 2:15”の一言で伝達立ち上げ投資・供給安定体験と規範を一枚のラベルで両立
(C)
限定SKUの段階導入
学習しながら軟着陸認知が分散し効果が薄まる試行のスピードは出る

採択はB。評価軸は「秒数と手数」「素材の規範性」「供給の安定」「棚前コピーの伝達力」。“Microwaveable 2:15”という短いフレーズに、PSフリー/再生40%/外装100%再生紙が寄り添う設計は、一目で価値が読めるのが決め手でした。米国市場での公表時点から仕様・開始時期・表記が揃っていたことも、実装の見通しの確かさを物語ります。

どう実行したのか

実行は体験設計工程設計の二段構えで進みました。以下は実装の骨子です。

実行の設計(要点)

体制米国子会社(Nissin Foods USA)主導で、R&D/品質保証/調達/SCM/マーケ/小売営業が横断連携
スプリント①耐熱・耐漏れ・風味保持の素材検証
②限定導入でレビュー・返品率を監視
③成果確認後全米展開
品質と供給40%再生繊維の紙カップに加え、外装スリーブ100%再生紙。内容物の熱影響・吸湿を監視し、歩留まりを改善
伝達パッケージ正面に“MICROWAVEABLE”“2:15”、側面にPSフリーや再生比率を短文で併記。媒体横断でも同じ言い回しに統一
リスク管理在庫の段階切替で欠品・廃棄を抑制。FAQ/PSAで安全な調理手順を提示

実行ロードマップ

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フェーズ期間主担当主要タスク成果物/ゲート
P0 検証W1–W4R&D・品質耐熱・漏れ・再生比率テスト合格判定・仕様Fix
P1 MVPM1事業・SCM限定SKUで小売検証返品率・レビューKPI
P2 展開M2–M4マーケ・営業コピー統一/媒体展開店頭導入率・欠品率
P3 定着M5–品質・CSモニタリング・改善不具合率・NPS
上記の仕様表現2:15PSフリー再生比率スリーブ素材は、各公式・業界発表に基づく

結果、どうなったのか

定量米国の即席麺市場ではプレミアム領域が年率+15%(2015–2024、ドル売上CAGR)、ベースは+10%、合計は+11%で伸長。体験の底上げと規範の両立は、この追い風に合流する設計でした
定性レンジ中心の生活に自然に収まり、短い言葉+数字で価値が伝わる。棚前・SNSでの“語りやすさ”も向上
因果の見立て価格・流通・販促・季節など他要因が作用するため、単独効果の断定は避けます(比較は市場平均・過去期を本文の流れで補助線として参照)

成果の数字

下図は同社IRのCAGRを用い、2015年=100とした指数推移(概算)です(詳細値はIRスライド参照)。

米・即席麺ドル売上の指数推移(2015=100)
Premium=年率+15%、Base=年率+10%、Total=年率+11%

この成功は単独要因の勝利ではありません。価格や流通網、販促の強弱、季節性が重なります。比較は期間を揃え、必要なら前年同週・他社平均を補助線に置き、読み過ぎを避けます。

成功のカギは何か

物語で動いたポイント

  • 余計な一手を消す設計
    お湯を別で沸かす摩擦を“2:15で直調理”に置き換え
  • 語れる素材の短文化
    PSフリー/再生40%/外装100%再生一行で読ませる
  • 波への合流
    伸びるプレミアム市場に体験の厚みで合わせる


兆候と手当の早見表

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兆候を把握する先行KPIよくある原因すぐやること観測する遅行KPI
レビューは増えたのに
★が下がる
期待と実物のギャップ・パッケ文言を具体化
・写真差し替え
・FAQを一問追加
・返品率
・再購入率
・平均評価
検索は伸びたのに
購入が伸びない
在庫・価格・露出が合っていない・欠品補充
・面積・配置を調整
・価格帯を1段見直し
・欠品率
・CVR
・カート投入率
SNSで話題になったが
翌週静か
話題先行で体験が薄い・最初の一手を短縮(1タップ減らす等)
・オンボーディング改善
・継続率
・リピート率
・離脱地点
店頭導入は広がるのに
棚落ちが増える
売場メンテ不足・伝達が複雑・フェイス確保
・補充ルール化
・POPを5語以内に簡素化
・棚割定着率
・廃棄率
・面積推移
問い合わせが急増する表示が曖昧・手順が分かりにくい・パッケ文言をQ&A化
・イラスト追加
・サイトの手順を1画面に集約
・一次解決率
・問い合わせ率
・CS処理時間

明日から使えるヒント

  • 一言で利便を言い切る
    秒数・手数・動詞で(例:「レンジOK 2:15」)
  • 素材は数字つきで語る
    比率や“フリー”表示は出典近接
  • 媒体横断でコピー統一
    5語以内で、画像差し替えの手間を最小化
  • 補助線の置き方
    市場平均や自社の過去期を本文内で軽く並置し、差の読み違いを防ぐ

まとめ

今回の切り替えは、日常の面倒を一つ減らすという素朴な狙いを、紙×レンジOK(2:15)という具体策に落とし込んだ取り組みでした。PSフリーや再生比率は、善意の表示に留めず一目で伝わる短文に整えられています。市場側の伸長(プレミアム領域)とも整合し、体験の厚み×規範の充足が同時に成立しました。自社でもまずは“一言で届く価値”を作り、動線上の余計な一手を一つ減らすところから始めてみてください。

日清食品株式会社の物語
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