湾岸のクリーン燃料が描く長期エネルギー戦略の賭け

テキサス州ベイタウンという、東京から遠く離れた湾岸都市で、一つの決断が静かに形になりつつある。石油とガスに支えられてきた産業の街に、クリーン水素とクリーンアンモニアという新しいエネルギーの物語が重ね書きされようとしているのだ。三菱商事株式会社は、そこで世界最大級のクリーン燃料製造プロジェクトに参画し、日本へと続くサプライチェーンの幹線を自らの手で描こうとしている。[1][5] 将来の電力や産業の脱炭素を左右するかもしれないこの賭けは、失敗すれば巨額投資と信用を失うリスクも抱える。化石燃料に依存してきたエネルギー構造を、国境を越えたパートナーシップで書き換えようとする長期戦が、いま静かに始まっている。
この物語の主役となる企業はどこか
これは、三菱商事株式会社の物語。鉄鋼、エネルギー、食料、モビリティまで、八つの営業グループを通じて世界中に事業を展開する総合商社は、単なるトレーディング企業ではない。資源開発からインフラ、リテールまで幅広い事業投資と経営を通じて、産業そのものの構造を動かすプレーヤーとして位置づけられてきた存在だ。[2] なかでも近年は、「経営戦略2027」で掲げるエネルギートランジション(EX)とデジタルトランスフォーメーション(DX)を成長エンジンとし、ポートフォリオの脱炭素化と資本効率の両立を図っている。既存の化石燃料事業で培った現場感とファイナンスの知見を、次世代エネルギーの事業創造に振り向けられるかどうか。既存のエネルギービジネスに深く根を張りながらも、その延長線上ではない新しい収益源を自ら育てようとする意思こそが、今回の物語の主役である。
- 長期のエネルギートランジションでは、「どの技術に賭けるか」だけでなく、誰と組みどの地域需要を起点にするかが勝敗を分ける
- 既存のインフラや拠点を転用し新事業の受け皿に変えることで、投資負担を抑えつつスピードと柔軟性を両立できる
- 政策や規制のロードマップを読み解き、需要家・政府・金融機関を早期から巻き込む設計が、大型プロジェクトの実現可能性を高める
どんな問題に直面していたのか
三菱商事株式会社がこのプロジェクトと向き合う前、日本のエネルギーシステムは大きな岐路に立っていた。一次エネルギー供給の約八割以上を化石エネルギー輸入に依存する日本は、価格変動や地政学リスクにさらされながらも、2050年カーボンニュートラル目標の達成に向けて排出削減を急がねばならなかった。[4] 東日本大震災後、石炭火力とLNG火力への依存度は高まり、再生可能エネルギーの導入は進んだものの、国土や系統制約からすべてを再エネだけで賄うことは現実的ではない。安定電源をどのように低炭素化するかが、政策上の焦点となっていたのである。そこで浮上したのが、既存の火力発電や産業炉に混焼・専焼できる燃料アンモニアとクリーン水素だった。しかし、国内需要を支え得る量を安定かつ競争力のある価格で供給できる海外製造拠点や輸送インフラは、まだどこにも存在しなかった。同じ市場機会を見据える他国メジャーや商社も動き始めており、日本向けの大型枠を早期に確保できなければ、エネルギー転換の主導権を失いかねない状況でもあった。[1][5] 脱炭素と安定供給という両立の難題に対し、日本発の需要シグナルを背景に、海外上流から国内受入拠点まで一気通貫のサプライチェーンを構想できるプレイヤーはほとんどいなかったのである。
どうやって解決しようとしたのか
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