燃費2倍の約束が「新しい常識」を世界へ運び切った、あの夜明け

普通のまま革命へ 給油は同じ、常識だけ変えた一台

時計はまだ20世紀を刻んでいたのに、空気だけは次の世紀へと先回りしていた。排出ガス規制、都市の渋滞、燃料価格の不安定さ。『環境にいい車』は理想として語られ、商売としてはまだ疑われていた。そんな時、ひとつの数字が社内を走り抜ける。燃費を2倍にせよ。 逃げ道のない目標は、技術より先に心を揺らした。誰もが薄く笑い、すぐに黙る。間に合わなければ、約束だけが残る。間に合えば、常識が書き換わる。開発室の壁には工程表、机には試算、耳には『年内に出せるのか』という問い。ここから先は、完成図のない乗り物を量産へ運ぶ、賭けの記録である。勝敗は発売日ではなく、決断の順番で決まっていく。

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この物語の主役となる企業はどこか

これは、トヨタ自動車株式会社の物語。自動車を大量に売るだけでなく、つくり方そのものを磨き続け、品質とコストの両立で世界市場を広げてきた。だが、1990年代の終わりに見えていたのは、台数の伸びよりも『クルマは地球に重い』という視線だった。同社は「エコカーは普及してこそ環境への貢献」という考えを軸に、環境対応を経営の最重要課題に置いた。[4] そこで主役は、派手な新車ではなく、エンジンとモーターを同じ一台に住まわせるという設計思想になる。車名はのちに象徴となるが、始まりはもっと地味で、社内の会議室で交わされた『2倍』の数字だった。市場での立ち位置は、“優等生”であるほど、次の一手が試される。

何を学べるのか
  1. 締切を先に公言し、未完成でも前へ進む覚悟を共有すると組織の速度が上がる。 予定が外れたら何が足りないかが見え、次の手が早くなる。
  2. 新技術は性能だけでなく、給油や整備など日常の手間が変わらない条件に落とし込む。『買った後の不安』を先に潰し、説明を短くする。
  3. 小さな検証結果を短い周期で積み上げ、反対意見を『次の実験の問い』へ変える。勝ち負けより学習量を増やし、協力者を増やす。減らして進む基準を一本にし、流行に振り回されない

どんな問題に直面していたのか

1993年、社内で「21世紀のクルマ」を巡る議論が高まり、技術開発の推進体としてG21プロジェクトが発足した。[1] 当初は既存エンジンの改良で燃費1.5倍を狙ったが、トップダウンで“2倍”の目標が示される。[1] 目標は美しい。しかし当時の電池、インバーター、統合制御はまだ発展途上で、ハイブリッドは研究室の外へ出た途端に故障とコストの影が伸びる。量産車なら、寒暖差、渋滞、坂道、運転癖まで受け止めねばならない。価格が高ければ普及しないし、整備が難しければ販売店が身構える。燃費だけ良くても走らなければ売れず、走りを守れば燃費2倍が遠のく。1995年秋のモーターショーに向け、燃費2倍の見通しが立つ手段としてハイブリッド採用を決めた瞬間、選択は『展示』から『市販』へ滑り出した。[1] 期限が固まると失敗の責任が具体化し、部門ごとの最適が衝突すれば整合が遅れる。もし未達なら『環境を語る資格がない』と見なされ、達成しても高価で売れなければ貢献はゼロになる。だから難題は技術ではなく、普及を前提にした量産品質とコストを同時に成立させることだった。理想を語るほど、量産の現実が首を締めていった。

どうやって解決しようとしたのか

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