凪の海で交わした一言、日本郵船の運賃協調に数年後の裁きが来る

凪の海で交わした一言 待っていたのは”数年後の裁き”であった

海は、表情を変えない。凪いでいればなおさらだ。だから人は、静けさを安全と取り違える。完成車を運ぶ船腹の世界でも、同じことが起きた。値下げの波が押し寄せ、誰もが採算の線を見失いかけたとき、救いのように見える言葉がある——「皆で合わせよう」。その一言が、会社の未来を“数年後の裁き”に預けてしまう。[3] 結末は遅れて届く。遅いからこそ、痛い。今日はまだ、何も起きていないように見えるのに。[4]

目次

この物語の主役となる企業はどこか

これは、日本郵船株式会社の物語。汽船の時代から海の道を拓き、定期船、物流、航空、そして完成車を運ぶ自動車船まで、「動かす」ことで産業の血流を支えてきた。船は巨大で、寄港地は世界に散らばる。その分、契約も法制度も多層で、現場の判断はいつも境界線の上に立つ。一隻の遅れが連鎖する業界では、たった一つの“慣行”が組織全体を危険水域へ運ぶ。[1] 本稿が追うのは、完成車輸送の運賃をめぐり、同業と“合わせた”瞬間から始まる転落だ。平成24年9月以降に競争法違反の嫌疑で調査対象となったと開示し、制裁金等に備える損失を計上した。[2]海の上の信頼は、遅延よりも先に、説明の曖昧さで崩れる。

この物語ではどのような事を学べるのか

何を学べるのか

学びは「窮地での判断が、時間差で請求される」ことだ。

  1. 厳しい市況ほど、便利な“慣行”がルールを上書きしてしまう
  2. 問題は違反そのものより、違反を日常にしてしまう運用の設計にある
  3. 裁きは遅れて届くため、危機対応は長期戦の体制で備える必要がある。期限管理まで含む。担当も明確にする

どんな問題に直面していたのか

完成車を運ぶ自動車船(RO-RO船)は、航路も寄港地も固定しにくい。需要は新車販売の波に連動し、景気が曇れば積み荷は一気に減る。その一方で船は簡単に止められない。固定費は走り続け、運賃交渉は毎年のように自動車メーカーから「もっと下げてほしい」と迫られる。2008年の金融危機後、運賃を巡る緊張はさらに強まった。競合が値下げに踏み切れば、自社だけが踏みとどまるのは難しい。会議室では、数字と恐怖が同じ声でささやく——「価格の戦争は、誰も勝てない」。その時、競争をやめて“協調”に寄りかかる誘惑が、最も合理的に見えてしまった。[3] 欧州委員会は、2006年10月18日から2012年9月6日まで、複数の海運会社が完成車輸送の価格や供給に関して協調したと認定し、それが競争を阻害し消費者や産業に悪影響を与えると述べた。[4][3] 日本郵船株式会社にとって問題は運賃だけではない。世界各地の営業拠点で交渉が同時並行し、競合と接点を持つ機会も多い。誰が線を引き、どこで止めるのか。境界が曖昧なまま、“慣行”が組織の判断を代替していった。やがて当局の捜査は国境を越え、日本では公正取引委員会が措置を公表し、米国の刑事手続も進んだ。[5][6]

どうやって解決しようとしたのか

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