本田技研工業

| 会社名 | 本田技研工業株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒105-8404 東京都港区虎ノ門2-2-3 虎ノ門アルセアタワー TEL. 03-3423-1111(代表) |
| 設立 | 1948年(昭和23年)9月 |
| 代表者 | 取締役代表執行役社長 三部敏宏 |
| 資本金 | 860億円 |
| 主要製品 | 二輪車、四輪車、パワープロダクツ |
| 従業員数 | 連結194,173名 単独 32,088名 |
| 連結子会社 | 284社 |
| 持分法適用会社 | 73社 |
| 販売台数 | 2,798.8万台 (四輪/371.6万台・二輪/2,057.2万台・パワープロダクツ/370.0万台) ※2024年度 ーEUROPEー 四輪/9.3万台・二輪/47.5万台・パワープロダクツ/65.1万台 ーASIAー 四輪/118.2万台・二輪/1,747.8万台・パワープロダクツ/141.3万台 ーJAPANー 四輪/63.0万台・二輪/22.4万台・パワープロダクツ/27.8万台 ーNORTH AMERICAー 四輪/165.4万台・二輪/54.8万台・パワープロダクツ/102.0万台 ーOTHERSー 四輪/15.7万台・二輪/184.7万台・パワープロダクツ/33.8万台 |
| 売上収益 | 21兆 6,887億円 ※2024年度連結業績 |
| 営業利益 | 1兆2,134億円 ※2024年度連結業績 |
| 発行済み株式の総数 | 5,280,000,000株 |
| 株主数 | 596,634名 |
| 一株当たり配当金 | 68円 |
Hondaフィロソフィー
Hondaフィロソフィーは、 「人間尊重」「三つの喜び」から成る“ 基本理念”と、“社是”“運営方針”で 構成されています。
Hondaフィロソフィーは、Hondaグループで 働く従業員一人ひとりの価値観として 共有されているだけでなく、行動や判断の基準となっており、 まさに企業活動の基礎を成すものといえます。
Honda は「夢」を原動力とし、この価値観を ベースにすべての企業活動を通じて、世界中のお客様や社会と喜びと感動を 分かちあうことで、「存在を期待される企業」 をめざして、チャレンジを続けていきます。
基本理念
人間尊重

自立
自立とは、既成概念にとらわれず自由に発想し、自らの信念にもとづき主体性を持って行動し、その結果について責任を持つことです。
平等
平等とは、お互いに個人の違いを認めあい尊重することです。
また、意欲のある人には個人の属性(国籍、性別、学歴など)にかかわりなく、等しく機会が与えられることでもあります。
信頼
信頼とは、一人ひとりがお互いを認めあい、足らざるところを補いあい、誠意を尽くして自らの役割を果たすことから生まれます。
Hondaは、ともに働く一人ひとりが常にお互いを信頼しあえる関係でありたいと考えます。
三つの喜び

買う喜び
Hondaの商品やサービスを通じて、お客様の満足にとどまらない、共鳴や感動を覚えていただくことです。
売る喜び
価値ある商品と心のこもった応対・サービスで得られたお客様との信頼関係により、販売やサービスに携わる人が、誇りと喜びを持つことができるということです。
創る喜び
お客様や販売店様に喜んでいただくために、その期待を上回る価値の高い商品やサービスをつくり出すことです。
社是
わたしたちは、地球的視野に立ち、世界中の顧客の満足のために、質の高い商品を適正な価格で供給することに全力を尽くす。
運営方針
- 常に夢と若さを保つこと。
- 理論とアイデアと時間を尊重すること。
- 仕事を愛しコミュニケーションを大切にすること。
- 調和のとれた仕事の流れをつくり上げること。
- 不断の研究と努力を忘れないこと。
Hondaの価値観
人中心の思想
Hondaは創業以来「人や社会の役に立ちたい」「人々の生活の可能性を拡げたい」という想いのもと、多くのお客さまに喜んでいただける、暮らしに役立つ商品の提供に取り組みつづけています。常にその想いの中心にあったのは“人”。Hondaは“人”の可能性を信じています。
研究開発部門の分離・独立
Hondaは、未知の世界の開拓を通じて新しい価値を創造することを目的に、1960年、本田技研工業株式会社から研究開発部門を分離・独立させ、独自の研究開発機構である株式会社本田技術研究所を設立しました。以来、研究所はHondaの基本理念を体現するとともに、徹底的な本質的価値の追求、とくに“人”を中心とした価値観の研究に取り組むことで、新しい価値の創造に挑戦しています。
グローバルブランドスローガン
Hondaの原動力は、いつの時代も私たち一人ひとりの夢です。
一人ひとりの夢の形は違っても 独創的な技術とアイデアとデザインで、より自由で、より便利で、より楽しいモビリティを実現するために
何度も何度も挑戦を続けてきました。
Hondaの夢見るこれからのモビリティ。
それは、自由な移動の喜びを創造するモビリティ。
時間や空間の制約から人を解放し、あらゆる可能性を拡張していくモビリティ。
それは、夢に向かって動き出そうとする人のパワーとなる。
その夢はさらに多くの人を動かし、無限に夢が広がっていく。
The Power of Dreams
Hondaは自らが夢見るモビリティの創造を通して、より多くの人の夢の力となり、人と社会を前進させる原動力となっていきます。
提供価値と創造力
私たちは一人ひとりの「夢」の力を原動力とし、夢見るモビリティを創造します。
私たち自身の創造力「Create」によって生み出されたモビリティを通じて、Hondaの普遍的な提供価値である「Transcend」「Augment」を実現していきます。
TRANSCEND
時間と空間の制約から人を解放
「Transcend」は、移動に伴う様々な制約から人を解放する価値です。
例えば、シームレスな移動を実現する多様なモビリティや自動運転などの先進技術を通じた「時間的制約からの解放」。三次元での移動を可能にする航空機やeVTOL、さらには宇宙空間への挑戦や物理的な距離を超えて操ることのできるアバターロボットなどを通じた「空間的制約からの解放」。
移動を「より速く」「より便利に」「より自由に」変えていくこと。これからもHondaがモビリティを通じて提供する普遍的な価値です。
AUGMENT
人のあらゆる可能性の拡張
「Augment」は、できなかったことをできるようにするなど、人の様々な可能性を拡張する価値です。
例えば、意のままに操れるモビリティによって人はより速く遠くへ、今まで行けなかったところまでたどり着けます。可搬型のエネルギーデバイスは、人の活動の範囲を拡張します。さらにはデジタル技術の活用により、身体的・思考的な能力を増幅することで、人の可能性は無限に拡張できます。
これからも独創的な技術やアイデア、デザインで、世界中の人々のあらゆる可能性の拡張を追求していきます。
CREATE
私たちの創造力
提供価値を生み出し、実現していく鍵となるのは一人ひとりの「創造力」です。
好奇心旺盛で挑戦せずにはいられない。先駆的で既成概念にとらわれず、無我夢中であきらめずに本質を追求する。
Hondaにはユニークな発想とエネルギーに満ちあふれた強い個性や知、多様な夢が集まっています。それらが相互にぶつかり合い作用することで知や夢が進化し、より大きな価値の創造につながっていきます。
2030ビジョン
すべての人に、「生活の可能性が拡がる喜び」を提供する
ー 世界中の一人ひとりの「移動」と「暮らし」の進化をリードする ー
Hondaが策定した2030年ビジョンは、「すべての人に、『生活の可能性が拡がる喜び』を提供する世界中の一人ひとりの『移動』と『暮らし』の進化をリードする」というステートメントで表されるものです。このビジョンを達成するため、21世紀の方向性の活動指針である「喜びの創造」「喜びの拡大」「喜びを次世代へ」の3つの視点で、取り組みの方向性を定めました。
まず、「喜びの創造」を実現するのが、「『移動』と『暮らし』の価値創造」です。「自由で楽しい移動の喜びの提供」と「生活が変わる・豊かになる喜びの提供」をめざして、「モビリティ」「ロボティクス」「エネルギー」の3つの分野に注力していきます。
次に、「喜びの拡大」を実現するのが、「多様な社会・個人への対応」です。先進国や開発途上国にかかわらず多様な社会に向けて、また、多様な文化・価値観持つすべての人に向けて、最適な商品・サービスを提供することで、人々の喜びを、さらに拡げていくことをめざします。
最後に、「喜びを次世代へ」を実現するのが、「クリーンで安全・安心な社会へ」です。環境と安全の領域でのナンバーワンをめざして、さらに資源を投入し、カーボンフリー社会と、交通事故ゼロ社会の実現をリードする存在となることをめざしていきます。
また今回のビジョンでは、Honda普遍の想いに立ち返り、「量」から「質」へと大きく舵をきりました。それが、我々の企業姿勢である「質の追求による成長」です。「提供価値の質」と「取り組みの質」を徹底して追求していくことで、喜びの輪を拡げ、より輝くHondaブランドをめざします。
このビジョンの実現に向けて、限られた経営資源を有効活用し、既存ビジネスの転換や進化、新価値創造を行っていきます。
VISION2030(2030年の目指す姿):質の追求による成長
【 喜びの創造 】
「移動」と「暮らし」の価値創造
・自由で楽しい移動の喜びの提供
・生活が変わる・豊かになる喜びの提供
【 喜びの拡大 】
多様な社会・個人への対応
・社会特性や個人の状況に合わせた、最適な商品・サービスの提供
【 喜びを次世代へ 】
クリーンで安全・安心な社会へ
・カーボンフリー社会の実現をリード
・交通事故ゼロ社会の実現をリード
注力すべき事業視点:経営資源の有効活用
白い作業服に込めた想い
Hondaの研究所や製作所では「良い製品はきれいな職場から生まれる」、そんな考え方から汚れの目立つ白い作業服を着ています。
また「Hondaで働く人は皆平等なんだ」という意味で、社長も同じ白い作業服を着ます。
日本だけでなく、世界中のHondaで着用されているこの白い作業服は、お客様に質の高い商品を提供したいというHondaの想いの表れです。
語り継がれる言葉・風土
世のため人のため、自分たちが何かできることはないか
創業者 本田宗一郎が語った、「世のため人のため、自分たちが何かできることはないか」という志は、言い換えれば夢をいかに高く持つか、いかにその実現に向けて情熱を燃やし続けるかということ。
今後も、世の中の役に立ち、たくさんのステークホルダーの皆様と喜びを共有するために、時代のニーズを先取りし、独自の技術でモビリティ社会の発展に貢献することをめざします。
差ではなく違いを活かせ
創業者 Hondaには、「各個人の能力に差はなく、違いだけが存在する」という考え方があります。
したがって、個々の能力の優劣よりも、各人が持てる力をいかに発揮するかということの方が重要。
組織として最大限の力を生み出すためには、それぞれの個性を認めあい、その持ち味を充分に発揮できるように努めることが大切だと考えています。
松明は自分の手で
Hondaは創業以来、終始一貫「松明は自分の手でかかげてきた」企業です。
それはすなわち、まだ誰も歩いたことのない新しい道、茨の生い茂る未踏の地を自らの手で切り拓き、“大いなる志という松明”を赤々と燃やし、その松明を自分でかかげながら、これからもHonda独自の道を進みたいと考えています。
ノープレー・ノーエラーを排せ
失敗を恐れて何もしなければ、そこに進歩は生まれない。
たとえ失敗してもそれを乗り越えるところに新たな知恵が生まれてくるもの。
臆病な態度でそこに停滞するのは、相対的な退歩とも言えます。
Hondaでは行動しない慎重さを厳しく戒める考え方があり、チャレンジ精神や行動を重んじています。
やるからには一番困難な道を行く
常識にとらわれず、不可能だといわれることに向かっていく。
どんなに困難でも、自らの想いを達成するために挑戦を続けてきました。
ワイガヤ
「ワイガヤ」とは、「夢」や「仕事のあるべき姿」などについて、年齢や職位にとらわれずワイワイガヤガヤと腹を割って議論するHonda独自の文化です。合意形成を図るための妥協・調整の場ではなく、新しい価値やコンセプトを創りだす場として、本気で本音で徹底的に意見をぶつけ合う。業界初、世界初といった、Hondaがこれまで世に送り出してきた数々のイノべーションも、ワイガヤで本質的な議論を深めるところから生まれています。
SED開発システム
『SED開発システム』とは、Hondaの商品開発における取り組み体制です。“S”は販売(Sales)・サービス(Service)、“E”はエンジニアリング(Engineering)、“D”は開発(Development)を表し、この三部門が有機的に連動しながら、お客様に喜ばれ、満足していただける商品開発を目指し、1973年に導入されました。この『SED開発システム』は、二輪、四輪、パワープロダクツの全てにおいて実践され、Hondaの商品開発に欠かせないシステムです。
A00
Hondaでプロジェクトが走り出すときに、一番はじめに議論されるもの。「これは、どんな世界を実現するための仕事なのか」最後まで絶対にぶれないための指針、コンセプトといってもいいかもしれません。それを、Hondaでは「A00」と呼びます。壁にぶち当たったとき、意見が食い違ったとき、常に立ち返りすべての判断基準となるものです。
| 1948 | 本田技研工業株式会社を設立 初のオリジナル製品 A型を1947年より販売 |
|---|---|
| 1949 | 工藤澤武夫が常務取締役として入社 C型 生産・販売 日米対抗オートレース大会でC型クラス優勝 初の本格的オートバイ ドリームD型生産・販売 |
| 1950 | 東京営業所を中央区槇町に設置 東京工場を設立(東京都北区上十条) 製品の海外輸出を開始(台湾向けA型300台) ※1 |
| 1951 | ホンダ月報に「三つの喜び」掲出 ドリームE型で箱根越えテスト成功 ドリームE型に初の取扱説明書 初の4ストロークエンジン ドリームE型発売 |
| 1952 | 東京工場を閉鎖し白子工場(埼玉工場)を設置・操業 浜松より東京(中央区槇町三丁目)へ本社移転 4億5,000万円の輸入 工作機械購入を決定 ※2 名古屋・四国・大阪・九州支店設立 カブ号F型発売 カブ号F型を台湾ほかへ輸出(ホンダの海外事業スタート) カブ号F型発売に伴い、自転車店を核にした業販体制構築 |
| 1953 | 二輪車生産台数、国内1位 本社および営業所を中央区槇町二丁目へ移転 本田技研労働組合結成 白子工場・大和工場を合わせ、埼玉製作所とする 山下工場・野口工場を合わせ、浜松製作所とする 初のプレスバックボーンフレーム ベンリイJ型発売 ホンダ標準化規格HES制定 初めての車載専用工具を開発 汎用エンジンH型を発売 汎用H型エンジンをブラジル向け約5,000台輸出 |
| 1954 | マン島TTレースに出場を宣言 浜松製作所葵工場完成・操業開始 サンパウロ国際オートレースにR125で参加し完走 4ストローク汎用エンジン T型発売 ホンダ初のスクーター ジュノオK型発売 |
| 1955 | 二輪車1年間保証制度を開始 ホンダ初のOHCエンジンを搭載したドリームSA型(250cc)・ドリームSB型(350cc)発売 |
| 1956 | 社是制定 ※3 汎用エンジンVN型発売 二輪車 1年間保証サービス制度実施 |
| 1957 | 埼玉製作所 白子工場内に技術研究所発足 浅間火山レースでジュニアクラス1位から5位までをホンダが独占 東京証券取引所に上場 ホンダ初の2気筒エンジン搭載 ドリームC70発売 |
| 1958 | 荒川高速テストコース設置 スーパーカブC100発売 汎用エンジンVNC型・VND型発売 |
| 1959 | 米国ロサンゼルスに初の海外現地法人アメリカン・ホンダ・モーター(AH)設立 ※4 マン島TTレースにRC142で初出場。125ccクラスでメーカーチーム賞を受賞 スーパーカブC100 米国輸出開始 ベンリイCB92スーパースポーツ発売 耕うん機F150発売 |
| 1960 | 中央区八重洲に本社新ビル完成 鈴鹿製作所稼働 (株)本田技術研究所設立 ※5 ドリームCB72スーパースポーツ発売 スーパーカブC100の生産を埼玉製作所から鈴鹿製作所へ移管 |
| 1961 | ドイツに二輪車販売会社ヨーロッパ・ホンダ・モーター(EH)設立 マン島TTレース125cc・250ccクラスで1位から5位までを独占 ロードレース世界GPの125cc・250ccクラスでメーカータイトルを獲得 スーパーカブ生産台数100万台を達成 鈴鹿製作所から台湾へ二輪車のノックダウン輸出開始 (株)モータースポーツランド設立 多摩テック営業開始 耕うん機F60・F190発売 |
| 1962 | ベルギーにて二輪車生産販売会社 ホンダ・モーター設立。初の海外生産開始 工機製作所を白子工場内に発足 ロードレース世界GPの125cc・250cc・350ccクラスでメーカータイトルを獲得 第9回全日本自動車ショーでSPORTS360・SPORTS500・T360を発表 ガスタービン(GT)研究室が発足 ※6 台湾の三陽工業(SY)と技術提携による二輪車の生産開始 マン島TTレース125cc・250ccクラスで優勝 三重県鈴鹿市に鈴鹿サーキット完成 ジュノオM85(水平対向2気筒・バダリーニ式トランスミッション)発売 ※7 |
| 1963 | 創立15周年 ロードレース世界GP第1回日本GP50cc・250cc・350ccクラスで優勝 軽トラックT360を発売(ホンダ初の四輪製品) マン島TTレース250cc・350ccクラスで優勝 世界GPレース250cc・350ccクラスでメーカータイトルを獲得 小型スポーツカーS500発売 汎用エンジンG20・G30発売 |
| 1964 | 藤澤武夫、副社長に就任 フランスに販売会社ホンダ・フランス(FH)設立 パキスタンのアトラス・オートス(AHL)にて、技術提携による二輪車の生産を開始 タイにアジア・ホンダ・モーター(ASH)設立 オールホンダサービスファクトリー(SF)を設立 F1への出場を宣言。F1第6戦ドイツGPにRA271で初出場 「YOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A HONDA」が米国雑誌広告賞受賞 狭山製作所を設立、四輪工場・工機工場が稼働 マン島TTレース125cc・250cc・350ccクラスで優勝 S600発売 ホンダ初の船外機GB30(4ストローク)発売 |
| 1965 | イギリスにホンダU.K(HUK)設立 マン島TTレース50cc・250cc・350ccクラスで優勝 ドリームCB450(ホンダ二輪量産車初のDOHCエンジン)発売 ※8 タイ・ホンダ・マニュファクチュアリング(TH)設立 F1 メキシコGPでRA272が優勝 ホンダ初の携帯用発電機 E300発売 |
| 1966 | (株)ホンダ営研設立 S800発売 スーパーカブ 第二世代OHCエンジン C50・C65・C70・C90発売 ※9 マン島TTレース 50cc・250cc・500ccクラスで優勝 世界GP 史上初の5クラス完全制覇 F1 イタリアGPに新開発3000ccエンジン(RA273)で出場 初のディーゼル耕うん機F90発売 |
| 1967 | 鈴鹿製作所 四輪工場稼動 スーパーカブ生産累計500万台を達成 N360発売 タイ・ホンダ(TH)で二輪車の生産を開始 マン島TTレース250cc・350cc・500ccクラスで優勝 ロードレース世界GPから撤退を発表 F1 イタリアGPでRA300が優勝 4ストローク船外機GB40発売 |
| 1968 | F1 フランスGPに新型空冷エンジン(RA302)で出場するがリタイア。水冷エンジン(RA301)で2位 軽四輪車Nシリーズ国内販売届出台数で首位 N360をイタリア・東南アジアなどへ輸出 1968年のシーズンをもってF1レース活動を終了 ハンターカブCT50発売 2輪車累計生産台数1,000万台達成 |
| 1969 | カナダにカナディアン・ホンダ(CH)設立 オーストラリアに四輪車の販売会社 ホンダ・オーストラリア(AUH)設立 マレーシアのカーモーター(HKL)と技術提携により四輪車の生産を開始 ホンダ初の小型乗用車1300発売 マレーシアの文秀と技術提携により文秀(BSW)にて二輪車生産開始 台湾の三陽工業(SY)と技術提携により海外初の四輪車の生産開始 「ドリーム CB750 FOUR」国内発売、米国・カナダへ輸出開始 |
| 1970 | N360欠陥車騒動 安全運転普及本部発足 ホンダ工機(株)設立 アメリカン・ホンダ・モーター(AH)がYMCAに青少年支援活動の一環でミニトレールなど1万台寄贈開始 栃木県真岡に埼玉製作所真岡分工場開設・稼働 四専務体制スタート 公害対策本部発足 |
| 1971 | ブラジルにホンダ・モトール・ド・ブラジル(HDB)設立 ドリーム CB500FOUR発売 スーパーカブC50DX・C70DX・C90DX 発売 水冷エンジン搭載の軽自動車ライフ発売 インドネシアにPTフェデラルモーター(HFJ)設立 郵政専用車両スーパーカブMD90発売 船外機45TWIN(水平対向2気筒エンジン)・75TWIN(直列2気筒エンジン)発売 |
| 1972 | ドリーム CB350FOUR発売 低公害エンジンCVCCの全容を正式発表 ホンダ初のファミリーバイク シャリイ発売 シビック(2ドア・3ドア)発売 CVCCエンジン、米国マスキー法75年規制に適合 |
| 1973 | 本田宗一郎、藤澤武夫両名が退任。河島喜好が新社長に就任(二代目) シビック CVCC 4ドア発売 本田技術研究所が二輪車開発部門を分離、朝霞研究所が発足 郵政カブMD50・MD70発売 ※10 発電機EM5000(ライフ360cc水冷エンジン活用)発売 モーターレクリエーション推進本部発足 レーシング・サービス・センター(RSC)設立 |
| 1974 | 本社を中央区八重洲から原宿に移転 ホンダ工機(株)をホンダエンジニアリング(株)に社名変更 軽乗用車部門の生産休止を表明 シビック RS発売 販売(S)・生産(E)・開発(D)のそれぞれがその機能を充分に発揮して実行するSED開発システム導入 (株)本田気化器研究所設立 ドリーム CB400FOUR・CB550FOUR発売 戦時下の南ベトナム(サイゴン)で二輪サービス活動を実施 |
| 1975 | ブラジルに二輪車生産合弁会社、モトホンダ・ダ・アマゾニア(HDA)設立 インドネシアのプロスペクトモーターにて技術提携によりシビック生産を開始 ゴールドウイングGL1000を米国で発売 米国でCVCC方式の原理に関する総合特許が認可・公示される ドリーム CB750FOUR-Ⅱ・CB550FOUR-Ⅱ発売 二輪SSS(セーフティ・スポーツ・ショップ)店制度発足(282店) |
| 1976 | 熊本製作所稼働開始 イタリア・イアップ・インダストリアーレ(IAP)で二輪車生産を開始 シビックシリーズ生産累計 発売以来4年で100万台を達成 ヨーロッパ耐久選手権でRCB1000がデビューレースで優勝 ローラースルーGO GO 発売 ※11 (株)ホンダ用品研究所設立 ブラジル(HDA)で二輪車生産を開始(CG125) ファミリーバイク ロードパル発売 アコードCVCC発売 ふるさとの森 実行委員会発足 |
| 1977 | インドネシアに二輪車・汎用部品生産の合弁会社イモラ・ホンダ(IH)設立 WGPロードレース世界選手権TT-F1レース参戦を再開、F1クラスで優勝 汎用MEエンジン G200・G150発売 第1回 NHサークル全社大会開催 初めて連結決算を発表 エアラ(ホンダマチックトランスミッション搭載)発売 船外機75・100発売 |
| 1978 | 米国に二輪車生産会社、ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチュアリング(HAM)を設立 ベルノ店制度発足 ホークCB400T(ホンダマチック装備車)発売 鈴鹿サーキット交通教育センター新装開設 アルゼンチンにホンダ・モトール・デ・アルヘンティーナ・エス・エー(HAR)設立 プレリュード(初代)発売 「ふるさとの森づくり」各事業所で推進 ホンダ初の芝刈機HR21発売 世界初ステンレス魔法瓶 アクト・ステンレスポット発売 ※12 |
| 1979 | 総合テストコース栃木プルービンググラウンド(PG-T)完成 ナイジェリアに、二輪・汎用製品販売の現地法人ホンダ・マニュファクチュアリングナイジェリア(HMN)を設立 NR500がロードレース世界GPデビュー 汎用製品研究開発 朝霞東研究所発足 二輪ウイング店制度導入 CBX(1000cc)・CB750F・CB900Fを発売 シビックを7年ぶりにモデルチェンジ 携帯型発電機 デンタEX400発売 英国ブリティッシュ・レイランド(BL)と、トライアンフ・アクレイム(バラード)のライセンス生産技術供与について調印 |
| 1980 | 売上高(単独)1兆694億4,000万円を達成、1兆円企業の仲間入りを果たす ザ・スクーター タクトを発売 小型耕うん機ミニティラーこまめ F200発売 ヤマハとの出荷競争始まる ゴールドウイングGL1100発売 ロードレース世界耐久選手権でRS1000が初代ワールドチャンピオンに輝く シビック4ドアセダン発売 家庭用小型除雪機 スノーラ HS35を発売 |
| 1981 | 障害者雇用促進法に基づく特例子会社ホンダ太陽(株)を設立(特例子会社認定は1982年) シティとシティ搭載用トランクバイクモトコンポを同時発売 ※13 NR500全日本選手権 鈴鹿200kmレースで木山賢悟が優勝 シビックが40マイル・ガロンを突破。ガソリン車で初の記録 ブラジルのHDAでアルコール燃料のオートバイ量産を開始 BL、トライアンフ・アクレイム(バラード)を英国で発売 ナイジェリア(HMN)で二輪車の生産を開始 リッター当たり105kmを実現。新型スーパーカブ50を発売 ※14 ホンダエレクトロジャイロケータを発表(世界初の地図型カーナビゲーションシステム) |
| 1982 | 米国(HAM)四輪車工場で量産。第一号車アコード4ドアセダンラインオフ ホンダ太陽を本田技研の特例子会社に認定 二輪レース部門を統合し(株)ホンダ・レーシング(HRC)設立 V4エンジン搭載VF750セイバー・VF750マグナ発売 中国 嘉陵機器廠との技術提携による二輪車の生産開始 WGP500でV型3気筒NS500 デビュー3勝 リッター当たり150kmを実現。新型ホンダスーパーカブ50 SDXを発売 |
| 1983 | 河島社長退任、久米新社長就任(三代目) 米国に汎用生産会社、ホンダパワーイクイップメント・マニュファクチュアリング(HPE)を設立 タイに四輪車販売合弁会社、ホンダ・カーズ・タイランド(HCT)設立 F1世界選手権へ再び参戦 3代目シビック、2代目バラードシリーズ発売 バラードスポーツCR-X発売 ゴールドウイングGL1200発売 ヤマハとの出荷競争終結 BLと(ローバー800/レジェンド)共同開発契約調印 WGP500 NS500(フレディー・スペンサー)シリーズとメーカータイトル獲得 XLV750R発売 リッター当たり180kmを実現。スーパーカブ50スーパーカスタム発売 汎用エンジン(ZEエンジンシリーズ)GX110・GX140発売 |
| 1984 | ホンダ店をクリオ店・プリモ店に系列化(プリモ店は1985年) アメリカ・ロサンゼルスに本田技術研究所(HRA)設立 ※15 インドに二輪車(スクーター)生産販売合弁会社、カイナティック・ホンダ・モーター(KHM)設立 ホンダ・オブ・カナダ・マニュファクチュアリング(HCM) 設立 F1 ウイリアムズ・ホンダ 第9戦ダラスGPにて復帰後初優勝 軽二輪スクーター スペイシー250フリーウェイを発売 二輪新専門店制度「セレクト店、新ウイング店、新SSS店」導入 インドに二輪車生産合弁会社ヒーロー・ ホンダ・モーターズ(HHML)を設立 タイのバンチャン・ゼネラル・アッセンブリー(BGAC)にて、四輪車の委託生産を開始 NSR500(V型4気筒)デビュー 3勝(初期型) シビック・バラードシリーズに新設計。DOHC・16バルブエンジン搭載車を追加し発売 |
| 1985 | 新本社ビル 港区青山に完成・移転 メキシコに四輪車生産会社ホンダ・デ・メヒコ(HDM)設立 WGP史上初 フレディー・スペンサーが500ccと250ccダブルタイトル獲得 国内四輪販売体制がPCV(プリモ・クリオ・ベルノ)3系列化 英国にホンダ・オブ・ザ・UKマニュファクチュアリング(HUM)設立 フランスに汎用製品生産会社、ホンダ・フランス・インダストリアーレ(HFI)設立 インドに汎用生産合弁会社、シュリラム・ホンダ(SHPL)設立 乗用管理機 マイティ11発売 |
| 1986 | H・A・R・T(Honda Active Riders Terminal)発足 米国でACURAチャンネル展開スタート NXR750 パリ・ダカールラリーにデビュー優勝(1989年まで4連勝) 小型ジェットエンジンおよびジェット機の研究を開始 基礎技術研究センターを設立 ※16 タイに二輪車の販売合弁会社A.P.ホンダ(APH)設立 F1 ウイリアムズ・ホンダがコンストラクターズタイトルを獲得 新設計の水冷・4サイクル・V型4気筒エンジンを搭載 VFR750F発売 新感覚軽250ccスクーターフュージョン発売 ヒューマノイド・ロボットの研究開発を開始 |
| 1987 | 北米事業統括会社ホンダ・ノース・アメリカ(HNA)設立 WGP500 新型NSR500投入 ワイン・ガードナーがライダータイトル・メーカータイトル獲得 鈴鹿サーキットでF1日本GPを初開催 タクトフルマーク(メットイン・タクト)を発売 日本初のSRSエアバッグを搭載したレジェンドを発売 オースチン・ローバーと共同生産・エンジンの供給契約書に調印 F1 ウイリアムズ・ホンダのネルソン・ピケがシリーズタイトル・コンストラクターズタイトルを獲得 VFR750R・RC30を発売 4代目シビックと2代目CR-Xを発売 超小型世界最軽量ポータブル発電機 EX300を発売 |
| 1988 | 本田技術研究所のドイツ駐在員事務所HREを現地法人化(HRE-G) F1 マクラーレン・ホンダ アイルトン・セナ選手がドライバーズタイトル・コンストラクターズタイトルを獲得 アフリカツイン(650cc)発売 ※17 可変バルブタイミングリフト機構(VTEC)発表 熊本製作所のふるさとの森づくりが内閣総理大臣賞受賞 水平対向6気筒エンジン搭載新型 ゴールドウイングGL1500発売 タイのTHからカブ100EXを輸入・発売 小型ジェット実験機MH02の開発プロジェクトがスタート |
| 1989 | プリモ・クリオ・ベルノ(PCV)専売体制スタート イギリスに欧州本社、ホンダ・モーター・ヨーロッパ(HME)設立 WGP500 エディー・ローソンがシリーズタイトルを獲得 VTECエンジン搭載シビック・3ドアとCR-X、インテグラを発売 米国モデル別乗用車販売台数でアコードがベストセラーカーに選定 ナイジェリア(HMN) CG125NRをブラジルよりKD輸入し初の組立製品 F1 マクラーレン・ホンダのアラン・プロスト選手がドライバーズタイトルを獲得 |
| 1990 | 久米社長退任、川本新社長就任(四代目) ローバー・グループとの資本提携契約に調印 NSX発売 アフリカツイン750発売 AH本社 ロサンゼルス ガーデナーからトーランスに移転 フィリピンに四輪車生産合弁会社ホンダ・カーズ・フィリピンズ(HCPI)設立 F1 マクラーレン・ホンダのアイルトン・セナ選手がドライバーズタイトルを獲得 デジタルマップ・ナビ発表(2代目レジェンド搭載) 日本初の助手席用ホンダSRSエアバッグシステムをレジェンドに搭載 |
| 1991 | 本田宗一郎最高顧問逝去 F1 日本GPでマクラーレン・ホンダがコンストラクターズタイトル、アイルトン・セナがドライバーズタイトルを獲得 二輪事業本部および汎用事業本部設立 HFT搭載モトクロッサーRC250MAが全日本モトクロス選手権でシリーズタイトルを獲得 シビック フェリオを発売 VTEC-Eエンジンを発表 |
| 1992 | 英国のHUMで四輪車工場が稼動。アコードの生産を開始 中国 五羊-本田摩托(広州)有限公司設立および天津本田摩托有限公司設立 WGP 日本GPで125cc・250cc・500cc全クラス優勝 「CB400 SUPER FOUR」「CB1000 SUPER FOUR」を発売 市販車世界初の楕円ピストン・エンジンを搭載したNRを発売 スーパーカブ生産累計2,000万台を達成(二輪車で世界最多) タイに四輪車生産合弁会社、ホンダ・カーズ・マニュファクチュアリング(タイランド)(HCMT)を設立 パキスタンに四輪車生産販売合弁会社ホンダ・アトラス・カーズ・パキスタン(HACPL)を設立 F1レース活動、1992年シーズンでの休止を発表 CBR900RRファイアーブレード(SC28)新発売 流麗・シルバー色の新デザイン船外機 BF35A・BF45Aを発売 |
| 1993 | いすゞ自動車と商品相互補完で基本契約締結 ※18 ホンダ・モーター・チャイナ(HMC)を香港に設立 鈴鹿サーキットにホンダコレクションホール開館 オールコンポジット製小型ジェット実験機のMH02初飛行に成功 ※19 中国 嘉陵-本田発動機有限公司設立 浜松製作所汎用機工場ISO9001認証を取得(ホンダ国内工場初) 汎用エンジンGX120が世界で初めて米国カリフォルニア州の排出ガス適合の認可を受ける アラブ首長国連邦(UAE)に中近東事務所(HAMER)設立 |
| 1994 | 日本本部設立(4地域本部制)。四極自立化 ホンダ初のミニバン オデッセイ発売 ローバーグループとの資本提携解消に合意 中国 東風本田汽車零部件有限公司(DHAC)設立 WGP500 ミック・ドゥーハンシリーズタイトルとメーカータイトル獲得 汎用事業本部をHGHへ集約(SD一体化) ホンダ製モーターサイクルCG125がブラジルの記念切手に採用 中国 小型発電機生産・販売の合弁会社 福建閩東本田発電機組有限公司設立 電気スクーター ホンダCUV ESを官公庁向けにリース限定発売 スーパースポーツバイクRVF/RC45(750cc)を発売 |
| 1995 | 国内四輪販売80万台体制計画 米国製新型シビック、量産ガソリン車初のLEV(低公害車)に認定 インドに四輪車生産販売合弁会社ホンダシェルカーズインディア(HSCI)を設立 シビック世界生産累計台数1,000万台を達成 3ステージVTECエンジン、ホンダマルチマチック(CVT)を開発しシビックに搭載 CR-V発売 WGP 500cc・125ccクラスでメーカータイトルを獲得 Honda初のターボファンエンジンHFX-01初の飛行試験を実施 世界初の二輪車用新ブレーキシステム小型二輪車用M.A.-C.ABSと大型二輪車用T.R.-C.ABSを開発 |
| 1996 | ライフクリエーションビークル ステップワゴン・S-MXを発売 イタリア・ローマに研究開発拠点HRE-Rを設立 タイのアユタヤ工場で四輪車シティの生産を開始 国内二輪PRO’S店制度導入 ※20 WGP500 メーカータイトルを獲得 ブラジルに四輪生産・販売会社ホンダ・オートモベイス・ド・ブラジル(HAB)を設立 イタリア・ローマに欧州二輪事業の新会社ホンダ・ヨーロッパ・モーターサイクル(HEM)設立 ベトナムに二輪車生産販売合弁会社ホンダ・ベトナム(HVN)を設立 タイ アジア・ホンダ・モーター(ASH)にアセアン地域の本社機能を付加し地域機能強化 自立歩行人間型ロボットプロトタイプP2を発表 |
| 1997 | 二輪車世界生産累計 1億台達成 タイに二輪研究所(HRS)を設立 ツインリンクもてぎがオープン 世界初 360°自在傾斜超小型軽量4ストローク汎用エンジン GX22・GX31を発売 電気自動車Honda EV Plusを日本・米国でリース販売開始 WGP500 NSR500 15戦全勝 スーパーカブに小径ホイールを採用したコンパクトなリトルカブを発売 ハイブリッド・システム「ホンダ・インテグレーテッド・モーターアシスト(IMA)」発表 |
| 1998 | 川本社長退任、吉野新社長就任(五代目) 中国 広州本田汽車有限公司(GHAC)設立 および 東風本田発動機有限公司(DHEC)設立 ツインリンクもてぎで、日本初のCARTインディカーレース開催 小型、軽量の正弦波インバーター搭載新世代発電機EU9iを発売 インドに二輪・汎用のR&D事務所ホンダR&Dインディア(HRID)を開設 WGP500 ホンダ22連勝達成 ホンダ コレクションホールをツインリンクもてぎに新設 CB1300 SUPER FOURを発売 VFR(800cc)を発売 ブラジル現地生産専用モデルC100 BIZ発売(カブ系で初めてメットインBOXを採用) |
| 1999 | ホンダ初のハイブリッドカー「インサイト」を日米同時発売 中国 広州本田汽車有限公司(GHAC)アコードを生産開始 CB400 SUPER FOUR HYPER VTECを発売 新世代リアルオープンスポーツS2000を発売 インドに二輪生産・販売拠点ホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア(HMSI)設立 WGP500 アレックス・クリビーレ デビュー ライダー・メーカータイトル獲得 新世代4ストロークスクーター「ホンダ ジョルノ クレア」発売 ※21 |
| 2000 | インドネシアに二輪車生産・販売を集約したP.T.アストラ・ホンダ・モーター(AHJ)を設立 英国ホンダ・オブ・ザ・UK・マニュファクチュアリング(HUM)でCR-Vの生産を開始 F1にブリティッシュ・アメリカン・レーシングとのジョイントプロジェクトにて参戦 ATV FourTrax Foreman Rubiconに新たなトランスミッションHFT(Hondamatic)を搭載し発売 新世代エンジンDOHC i-VTECを発表 ストリームに搭載 シビック・シビック フェリオをフルモデルチェンジし発売(シビック7代目) ブラジルにホンダ・サウスアメリカ・リミターダ(HSA)を設立 タイにホンダ・オートモービル(タイランド)(HATC)設立 CBR929RRファイアーブレード(SC44)発売 人間型ロボットASIMO発表 |
| 2001 | ホンダモーターサイクルジャパン(HMJ)設立 ※22 ホンダ・マニュファクチュアリング・オブ・アラバマ(HMA)が稼動、オデッセイの生産を開始 中国 新大洲本田摩托有限公司 設立 水平対向6気筒1800ccエンジン ゴールドウイングを発売 シビック ハイブリッドを発売 世界最大クラスの4ストローク船外機 BF225・BF200を発売 革新スモール フィットを発売 浜松製作所細江工場完成。船外機生産開始 インド ホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア(HMSI)第一号スクーターモデル アクティバ(ACTIVA)発売 WGP500 バレンティーノ・ロッシ11勝 個人タイトル・メーカータイトル獲得およびWGP ホンダ通算500勝 日本GPで達成 |
| 2002 | 国内二輪販売店 ドリーム店制度導入 ※23 中国 上海に本田摩托車研究開発有限公司(HRCh)を設立 中国 嘉陵-本田発動機有限公司で汎用エンジン生産開始 WGP500からMotoGPに名称変更 RC211V MotoGPデビュー バレンティーノ・ロッシ ライダータイトル・メーカータイトル獲得 世界最軽量360°自在傾斜超小型4ストロークエンジンGX25発売 ベトナムで高品質・低価格カブタイプ・バイク ホンダ Wave αを販売 中国 新大洲本田摩托有限公司生産のスクーター トゥデイを日本向けに輸出開始 栃木に品質改革推進センターを開設 燃料電池車FCXが世界初の米国政府認定取得 ASIMOがニューヨーク証券取引所で取引開始のベルを鳴らす |
| 2003 | 吉野社長退任、福井新社長就任(六代目) 中国 東風本田汽車有限公司(WDHAC)および 本田汽車(中国)有限公司(CHAC)を設立 MotoGP RC211V バレンティーノ・ロッシ ライダー・メーカータイトル獲得 CB400 SUPER FOUR VTEC SPEC III エンジンを搭載し発売 DOHC VTECを採用した第2世代船外機BF150・BF135を発売 可変シリンダーシステム採用の「V6 3.0L i-VTECエンジン」を開発しインスパイアに搭載 中国本部設置、6地域本部体制 自主的なビーチクリーナー開発と砂浜の清掃活動が、会社の正式な取り組みとして認められる CB1300 SUPER FOURを発売 HondaJet コンセプト実証機(搭載エンジンはHF118)の初飛行に成功 |
| 2004 | 小型ビジネスジェット用エンジンの合弁会社GE Hondaエアロ エンジンズを設立 広州本田汽車有限公司(GHAC)フィットを生産開始 CBR1000RRファイアーブレード(SC57)発売 アコードハイブリッド(気筒休止+IMA)米国で発売 東風本田汽車有限公司(WDHAC)CR-Vを生産開始 ホンダF1チームB・A・Rに資本参加 ホンダ・エンジニアリング(EG-T)でホンダ初の内製インバータ発電機をラインオフ 世界初100V・200Vの同時出力が可能な正弦波インバーター搭載発電機EM/EBシリーズを発売 |
| 2005 | 氷点下始動が可能な燃料電池車FCXを世界で初めて個人客にリース販売 中国 本田汽車有限公司(CHAC)稼働 Jazz(日本名フィット)を欧州向けに輪出開始 F1 B・A・R Honda Ltd.の株式を全額取得 世界初、電子制御技術採用の次世代汎用エンジンiGX440を発売 バルブ開閉タイミング制御により力強い走りと低燃費を両立する1.8L i-VTECエンジンを開発 英国のHUMでディーゼルエンジンの生産を開始 中国 嘉陵-本田発動機有限公司 二輪車の生産を中止、汎用事業に特化 スーパーカブシリーズ世界生産累計5,000万台を達成 HondaJet 米国で開催されたオシュコシュ航空ショーに出展 |
| 2006 | Honda Cars 設立 ※24 中国 東風本田汽車有限公司(WDHAC) シビックを生産開始 F1世界選手権第13戦ハンガリーGPでジェンソン・バトン優勝 HondaJet 航空機の機体の開発、製造、販売を行うホンダ・エアクラフト・カンパニー(HACI)を設立 ビーチクリーン活動スタート ブラジルでフレックス燃料車シビックFFV・フィットFFVを発売 MotoGP RC211V ニッキー・ヘイデン個人・ルーキータイトル・メーカータイトル獲得 鈴鹿サーキットランドとツインリンクもてぎが合併(株)モビリティランドを設立 タイ・ホンダ(TH)・ベトナム・ホンダ(HVN) 初のATスクータークリックを生産・発売 二輪車安全運転教育用ライディングトレーナーを国内発売 |
| 2007 | ペルー イトキスのホンダ・セルバ・デル・ペルー・エス・エー(HSP)で三輪バイクタクシーを製造・販売 MotoGP ニューマシンRC212V(800cc・V4)デビュー 中国 広州ホンダが四輪車研究所広州本田汽車研究開発有限公司(GHRD)を設立 ベトナム第2弾ATスクーターAir Bladeを生産・発売 インドネシア初カブタイプモデルREVOを発表 世界初の二輪車用エアバッグシステムを搭載したゴールドウイング(エアバッグ)を発売 フィットをフルモデルチェンジし発売 |
| 2008 | スーパーカブシリーズ発売50周年・生産累計6,000万台達成 ホンダ・オートモービル・タイランド・アユタヤ工場(HATC)をマザー工場とした新型シティを発売 革新のオートマチック機構HFTを搭載したDN-01を発売 ※25 F1レース活動からの撤退を発表 新型燃料電池車「FCXクラリティ」日米でのリース販売を開始 CBR1000RRファイアーブレードをフルモデルチェンジ(SC59前期)し発売 世界初 スーパースポーツモデル用新ブレーキシステム電子制御式コンバインドABSを開発 |
| 2009 | 福井社長退任、伊東新社長就任(七代目) ブラジルでフレキシブルに燃料選択が可能なFFM二輪車CG150 TITAN MIX・FFV四輪車シティを発売 タイ(TH)グローバルで展開する新型125ccスクーターPCXをタイで生産・発売 多摩テックが閉園 世界初のブレーキシステム、スーパースポーツモデル用電子制御式コンバインドABSをCBR1000RRファイアーブレードに搭載し発売 新型ハイブリッドカー「インサイト」を発売 埼玉製作所 小川エンジン工場が稼動 スーパーカブ110(エンジン・フレーム新規)を発売 シビック TYPE R EUROを発売 カセットガス燃料を使用するガスパワー耕うん機ピアンタFV200を発売 |
| 2010 | 電動二輪車EV-neoリース販売開始 二輪R&Dセンター熊本分室(HGA-K)を熊本製作所内に設立 世界初二輪車用デュアル・クラッチ・トランスミッション(DCT)を搭載するVFR1200Fを発売 新型オートマチックトランスミッションCVマチック搭載のカブタイプ Wave110i ATをタイで発表 HondaJet 量産型試験初号機が初飛行 フィット ハイブリッドを発売 インド ヒーロー・ホンダ合弁解消および今後の技術供与について調印 新開発の空冷エンジンを搭載したCB1100シリーズを発売 125cc原付二種スクーターPCX 日本で発売 カセットガス燃料を使用するガスパワー発電機エネポEU9iGBを発売 |
| 2011 | タイ四輪アユタヤ工場(HATC)が大規模な洪水被害で浸水 MotoGP RC212V ケーシー・ストーナー ライダー・コンストラクター・チームタイトル3冠達成 新型4ストローク船外機BF250をジェノバ国際ボートショーで発表 ナイジェリアで低価格戦略小型二輪車Ace CB125発売 ツインリンクもてぎでINDY® JAPAN THE FINALを開催日本。開催の歴史に幕 軽自動車N-BOX発売 |
| 2012 | 二輪開発プロセスの進化に伴う熊本生産二輪 中・大型FUN機種DEB協働体制強化 汎用事業本部名称を汎用パワープロダクツ事業本部に変更 MotoGP RC213V(1000cc・V4)デビュー チーム・メーカーの2冠獲得 ニューミッドコンセプトシリーズNC700X・NC700S・インテグラを発売 第二世代のデュアル・クラッチ・トランスミッションを初搭載 1958年発売以来初のフレーム構造を刷新したスーパーカブ50・110を発売(中国の新大洲本田生産) 浸水被害のHATCが復旧開始から4カ月で生産を再開 タイの二輪車工場でグローバルモデル専用新工場の本格稼働CB500シリーズの生産開始 PCX150を発売 四輪車用スポーツハイブリッドシステム SH-AWD・i-DCD・i-MMD発表 ※26 軽乗用車N-ONEを発売 |
| 2013 | 埼玉製作所 寄居完成車工場稼働 ケニアに新二輪事業会社ホンダ・モーターサイクル・ケニア(HMK)設立 MotoGP マルク・マルケス史上最年少タイトル獲得(ライダー・チーム・コンストラクターズ タイトルの3冠獲得) 3代目フィット・フィットハイブリッド(i-DCD)発売 アコード ハイブリッド・アコード プラグインハイブリッドを発売 軽乗用車N-WGNを発売 ブラジルに風力発電事業会社ホンダ・エナジー・ド・ブラジル・リミターダ(HEN)を設立 ナイジェリア 四輪現地法人ホンダ・オートモービル・ウエスタンアフリカ(HAWA)設立 自動運転芝刈機Miimoを欧州で発売 ヴェゼル発売 |
| 2014 | 日本本部設立 フィット・ヴェゼル i-DCDのDCTユニット制御におけるリコール発生 MotoGP マルク・マルケス2年連続3冠(ライダー・チーム・コンストラクター)獲得 二輪NCシリーズを750ccに排気量アップし発売 スーパーカブの形状が日本で立体商標登録認可 乗り物として初の快挙達成 ※27 二輪車世界生産累計3億台達成 欧州専用開発シビック・ツアラー発売 ホンダ太陽 日出工場データビジネス棟竣工 スクーターPCXとPCX150をフルモデルチェンジし発売 |
| 2015 | 伊東社長退任、八郷新社長就任(八代目) MotoGP参戦マシンを一般公道走行可能にしたRC213V-Sを欧州・米国・豪州・日本で発売予定、商談開始 F1世界選手権にマクラーレン・ホンダで参戦 シビックTYPE Rを発売 HondaJet 米国連邦航空局から型式証明を取得。米国でのデリバリー開始 |
| 2016 | タイで四輪車プラチンブリ工場の稼働開始 ※28 MotoGP マルク・マルケス ライダー・コンストラクターズタイトルを獲得 オデッセイ・ハイブリッド発売 NSXを発売 新型燃料電池自動車クラリティFUEL CELLを発売 CRF1000L アフリカツインを発売 小型耕うん機こまめ F220を15年ぶりにモデルチェンジし発売 |
| 2017 | (株)ホンダパワープロダクツジャパン(HPJ)発足 F1 マクラーレンとのパートナーシップを解消しスクーデリア トロ・ロッソに2018年シーズンからF1パワーユニットを供給決定 スーパーカブシリーズ60周年・世界生産累計1億台達成、スーパーカブシリーズをフルモデルチェンジし発売 HondaJet 2017年上半期のカテゴリー別最多デリバリーを達成 GMとホンダが、業界初となる燃料電池システムを生産する合弁会社を設立 MotoGP マルク・マルケス2年連続タイトルを獲得、コンストラクターズ・チーム三冠達成 CBR1000RRファイアーブレード(SC77)をフルモデルチェンジし発売 ハンディータイプ蓄電機LiB-AID E500を発売 シビック・2代目N-BOXを発売 |
| 2018 | 国内二輪販売チャンネルをHonda Dream・Honda Commuterの2チャンネル体制化 ※29 MotoGP マルク・マルケス3年連続5回目のタイトル獲得・3年連続三冠達成 HondaJet Elite を発表 PCX HYBRIDを発売およびPCX ELECTRICをリース販売開始 スーパーカブ C125発表・発売 HondaJet 2017年通年でカテゴリートップのデリバリー数を達成 プラグインハイブリッドモデル クラリティPHEVを発売 レッドブル・レーシングへの2019年シーズンからのF1パワーユニット供給に合意 大型プレミアムツアラー ゴールドウイングを17年ぶりにフルモデルチェンジし販売 N-VANを発売 |
| 2019 | 二輪事業本部と二輪R&Dセンターを一体化 ものづくりセンターとして統合 世界初タンブル流強化技術を搭載。BS6に適合した二輪車Activa 125インドで発売 F1 レッドブル・レーシング マックス・フェルスタッペン オーストリアGPで2015年復帰後初勝利 HondaJetが2年連続でカテゴリートップのデリバリー数を達成 ホンダ・オブ・ザ・UK・マニュファクチュアリング(HUM) 2021年中に完成車の生産終了を発表 MotoGP マルク・マルケス4年連続6回目のタイトルを獲得 CRF1100L アフリカツイン 排気量1100ccにアップしフルモデルチェンジ ビジネス用電動二輪車ベンリィ e:シリーズを発表 二輪市場活性化プロジェクトHondaGO実施 |
| 2020 | 四輪車量産開発機能、EGの四輪機能を四輪事業本部に一体化しものづくりセンターとして統合 寧德時代新能源科技股份有限公司(CATL 中国バッテリー会社)とホンダ 新エネルギー車用バッテリーに関する包括的戦略アライアンス契約を締結 GM アルティウムバッテリー採用のホンダ向け次世代EVの共同開発に合意 ※30 スクーデリア・アルファタウリ・ホンダのピエール・ガスリー選手がF1初優勝 CT125・ハンターカブ発売 電気自動車Honda eを発売 いすゞとホンダが燃料電池(FC)大型トラックの共同研究契約を締結 郵便配達用にベンリィ e:導入合意 CBR1000RR-Rファイアーブレード(SC82)発売 HondaJetが3年連続でカテゴリートップのデリバリー数を達成 |
| 2021 | 八郷社長退任、三部新社長就任(九代目) 狭山工場の完成車生産が2021年12月27日をもって終了 ホンダ太陽・ホンダR&D太陽合併 F1 レッドブル・ホンダ マックス・フェルスタッペン F1 ドライバーズタイトル獲得 11代目 シビック発売 HondaJet Elite Sを発表 ホンダ・オブ・ザ・UKマニュファクチュアリング(HUM)とホンダ・ターキー(HTR)の四輪車生産が終了 四輪事業「SEDB一体となった新しい本部体制」へ移行 ビジネス用電動三輪スクータージャイロ e:・ジャイロキャノピー e:を発売 新車オンラインストアHonda ONオープン 業務用作業機向け電動パワーユニットeGXの供給を開始 小型ビジネスジェットコンセプト機HondaJet 2600 ConceptをNBAA 2021に参考展示 |
| 2022 | ソニー・ホンダモビリティ株式会社設立に関する合弁契約を締結 ※31 GMとホンダ、量販価格帯のグローバルEVシリーズの共同開発に合意 原付二種の新型レジャーバイクダックス125発売 HondaJet Elite IIを発表 バッテリー交換ステーションHonda Power Pack Exchanger e:の販売を開始 東風ホンダ新型EV e:NS1、広汽ホンダ新型EV e:NP1発売 シビック TYPE R・シビック e:HEVを発売 ホンダ「TYPE R」30周年 |
| 2023 | 熊本製作所が二輪車生産累計2000万台を達成 大型船外機BF350を「ジェノバ国際ボートショー2023」にて世界初公開 新型小型ビジネスジェット機の名称「HondaJet Echelon」を発表 WR-Vを発売 可搬型外部給電器Power Exporter e: 6000を発売 3代目N-BOXを発売 世界初の二輪車用「Honda E-Clutch」を開発 |
| 2024 | 新グローバルEV「Honda 0シリーズ」をCES 2024で世界初公開 HondaとGMの合弁会社 Fuel Cell System Manufacturing, LLCにおいて燃料電池システムの生産を開始 11代目 アコード発売 Hondaとヤマハ発動機 原付一種の電動二輪車のOEM供給に合意 栃木県さくら市にある全固体電池のパイロットラインを初公開 V型8気筒350馬力エンジン搭載の大型船外機BF350を発売 ホンダコレクションホールをリニューアルオープン 電気自動車 N-VAN e:発売 日本で「HondaJetシェアサービス」を開始 3代目 フリードを発売 「スーパーカブ50・Final Edition」を受注期間限定で発売 |
注釈詳細
- ホンダで初めての海外輸出はA型を台湾へ輸出したことから始まった。これは、大阪の代理店からのつながりでバイヤーを経由しての輸出であった。
- 総額4億5,000万円をかけた最新鋭の輸入工作機械の導入を決める。資本金600万円だった企業が決断した、未来への投資。導入された機械の一つハーバードシップ HYDR-6A(愛称sip)は実働から63年を経過した今も生産技術統括部で稼働を続ける。「日々のメンテナンス成果もありますが、現在も大きな役割を果たしている。むしろsipじゃないと作れないものだってあるんです」と現場の信頼度も高い。轟音を響かせ息をし続けるsipを見たら、本田宗一郎もさぞかし喜ぶことであろう。
- 1956年1月発行のホンダ社報23号に掲載された本田宗一郎による最初の社是は「わが社は世界的視野に立ち、顧客の要請に応えて、性能の優れた、廉価な製品を生産する」。
- 1959年に海外初の販売現地法人であるアメリカン・ホンダ・モーターを設立し、自ら販売網の構築に着手した。現在ホンダの北米事業は、販売、生産、研究開発という機能をあわせ持った自立したオペレーションを確立しており、ホンダの海外地域事業の手本ともなっている。2000年代中頃の北米事業への累計投資額は約80億ドルを超え、北米での直接雇用は30,000人以上となった。
- 技術研究所がホンダから分離・独立し、(株)本田技術研究所を設立。目的は、研究開発をビジネスの都合から切り分けることで、目の前の事業の浮き沈みに左右されることなく、将来を見据えた研究を自由に行える環境を整え、斬新で独創的な技術を産み育てたいという創業者の想いによるものだ。以来60年にわたって、ホンダの屋台骨を支える革新的な技術を開発し、市場へと送り出してきた。2019年2月に二輪車を2020年4月に四輪車を一体運営体制へと変更し、二輪車・四輪車開発を担う部門はホンダと融合し、本田技術研究所は、将来の価値創造に向けて未知の世界を開拓し、先端研究開発を担う機能に特化・注力することになった。 「量産というのは、100%以上成功させなきゃいけない。片や将来核になるような先端的技術は、99%失敗すると思えるような難しいテーマにも強い意志で取り組まないといけない」そのため、この2つは分けるべきだとの結論に達し、再編に踏み切ったのである。
- 四輪車用としてのガスタービンエンジンの研究を目的として発足、この時のメンバーが後のHF120につながるエンジン開発に重要な役割を果たすこととなる。
- HFTの原型となるHRDを搭載したホンダ初の二輪AT車。
- このCB450のエンジンを原型としてN360のエンジンが開発された。
- 初代のOHV(オーバーヘッドバルブ)エンジンからOHC(オーバーヘッドカムシャフト)に変更され、細かい改良を受けながら数十年にわたりつくり続けられた。
- 1965年にC100を100台、郵政省に納入したのを皮切りに、1971年には郵政レッド塗装のホンダデリバリーMD(=Mail Delivery)90、通称「郵政カブ」を開発し、2,625台を納入した。さらに1972年には、14インチタイヤの現在のモデルの原形を完成させ納入。1973年にMD50/70の生産も開始し、人々の円滑な通信にも貢献している。
- アイデアコンテストの作品が、商品化され大ヒットとなった。 当初、協力メーカーに委託して生産していたが需要に追いつけず、急拠、浜松製作所でも生産をすることになった。ホンダで生産した唯一エンジンのない乗り物である。(浜松製作所では8カ月間生産した)
- 日本酸素(株)とホンダが共同開発した世界初のステンレス製真空二重構造のガラスを使わない魔法瓶、アクト・エルより発売された。現在は日本酸素から分離したサーモス(株)がTHERMOSブランドとして色々な製品が商品化されている。
- シティとモトコンポの発売により、四輪車に二輪車を搭載して行動することで、バイクの機能とクルマの機能が掛け算的に広がり、アウトドアライフの新しい使い勝手を創りだすことを提唱した。これは二輪車、四輪車を持つホンダの強みをフルに発揮した世界で初めての試みであった。
- リッター当たり105km*の低燃費を実現したスーパーカブは、1982年にはリッター150km*、さらに1983年にはリッター180km*の超低燃費を実現したタイプを発売している。
*:いずれも30km/h定地走行テスト値・50cc車。 - ホンダは「需要のあるところで生産する」という考えのもと、生産の現地化を進めていたが、世界最大の自動車大国である米国においては、SEDすべての現地化による体制強化が必要と考えた。そこで、1984年に開発部門のホンダ・リサーチ・オブ・アメリカ(1986年にホンダR&Dノースアメリカ:HRA)を設立した。
- 燃料電池・ロボティクス・航空機および航空機エンジンなど、未来を見据えた多様な研究が行われた。これらは、実用化に向けた開発が進められ、一部はすでに製品化されている。航空機の研究開発は、基礎研究所から量産開発組織に移行して続けられ、2015年末にHondaJetとして製品化した。
- 1986年、ホンダはパリ・ダカールラリーにファクトリーレーサーNXR750を投入し、1989年まで4年連続優勝を果たした。アフリカツイン(XRV650)はそのNXR750譲りのテクノロジーを継承したアドベンチャースポーツモデルとして1988年に上市。NXRの装備とイメージを具現化し、エンジンはトランザルプ600Vと同じ水冷52°V型2気筒583cc、SOHC3バルブ2プラグだった。1989年と1990年には、このXRV650に乗って一般公募のライダーがパリ・ダカールラリーに参戦するオブジェ・ダカールをホンダ・フランスが企画。XRV650は市販車無改造クラスで2年連続優勝し、ヨーロッパを中心にその人気を拡大させた。
- RVが手薄だったホンダのラインアップの拡充を図る為と乗用車のラインアップが少ないいすゞとの契約締結であった。
- 機体構造すべてにコンポジット材を用いた超小型ジェット機。実験機ではあったが後に世界最初のオールコンポジット製ビジネスジェット機という位置付けになった。
- 「PRO’S」は顧客の多岐にわたる要望に対し、オールマイティーな対応ができるプロフェッショナルな販売店の意を込めて名付けられた。
- 量産二輪車世界初となる水冷・4ストローク・50ccエンジンを搭載したジョルノ クレアは国内新排出ガス規制値の1/2を達成し、従来の2ストロークエンジンに比べ、約30%の燃費向上(ホンダ同排気量スクーター比較値。30km/h定地走行テスト値)を実現、車体には国内スクーター初のアルミダイキャストフレームを採用、今後のホンダスクーターの基本骨格とするべくモジュール構造を採用し、生産効率の向上を図った。
- 二輪事業において、多様化するお客様の期待に応え、満足度の高い効率的な営業活動を展開するために日本国内の二輪営業機能を集約した総合販売会社。商品企画やマーケティング、モータースポーツや宣伝活動など、顧客満足度の向上につながるさまざまな活動を展開している。
- ドリーム店は、高まるお客様のご要望にお応えするために誕生した「プレステージ・ディーラー」である。これまでも、多くのお客様に満足していただくことが目標であったが、ドリーム店の目指すところは、ホンダの二輪車に乗っていただいたお客様、すべての方に満足していただくこと。最新モデルはもちろん、各種イベントや安全運転講習等、二輪車の「楽しさ」すべてを用意し、商品を売るだけではない、ホンダの想いを直接伝えられるお店、情熱を持って、お客様に接していく店として導入された。
- お客様視点の原点に立ち、2006年3月に、販売チャンネルをHondaCarsに統合した。1チャンネル体制に相応しい、最適な販売網の再構築や、大都市部での店舗の大型化、HondaCarsの新しいコンセプトを取り入れた店舗の開設など、販売体制の強化を推進目的として設立された。
- DN-01は新しい価値の創造と新たなモーターサイクルライフの提案を目指し、快適なスポーツクルーザーをコンセプトとして開発。新たに採用しているトランスミッションは油圧機械式無段変速機構のHFT(Human Fitting Transmission)で、2タイプのフルオートマチックモードに加え、手元のボタン操作で変速を行う6速のマニュアルモードを装備している。また、油圧機械式無段変速機構としては世界初のロックアップ機構も搭載し、走行中でもライダーに変速のショックを与えない滑らかな走行を可能とし、これまでのスポーツモデル以上に簡便で快適なライディングを実現している。HFTは1962年にジュノオM85に搭載されたHRDから進化を続け、初めて大型二輪スポーツモデルに搭載された。
- ホンダは3つのハイブリッドシステムを発表。1モーター式SPORT HYBRID Intelligent Dual Clutch Drive、2モーター式SPORT HYBRID Intelligent Multi Mode Drive/Plug-in、3モーター式SPORT HYBRID SH-AWD(SPORT HYBRID Super Handling-All Wheel Drive)。
- 1958年の生誕から50年以上の間、機能的な向上を図りつつも、一貫したデザインコンセプトを守り続けた結果として、デザインを見ただけでお客様にホンダの商品であると認識されるようになったことが特許庁の審査で認められ、立体商標登録に至った。
- プラチンブリ工場には、「人の作業と先進技術を最適化し、品質の高い製品を市場に提供する」というコンセプトに基づき、当時のホンダの最新、 高効率の生産技術が採用されている。その新技術の中には、四輪完成車の量産では世界初となる、完成車組立のメインラインに組み込まれる流動型のセル生産方式ライン「ARC(Assembly Revolution Cell)ライン」などが含まれている。
- ホンダの国内二輪車販売チャンネルは当時5つの販売体制で運営されていたが、これを再編し、Honda DreamとHonda Commuterの2チャンネル体制に移行。Honda Dreamは、スポーツモデルを中心にホンダ二輪車のフルラインアップを取り扱い、ライフスタイルの提案や高品位なサービスを提供。Honda Commuterは、250cc以下のコミューターモデルを中心に取り扱い、生活に密着した利便性の高い商品と信頼のサービスを提供していく。今回の販売チャンネルの刷新により、スポーツモデルとコミューターモデルそれぞれのお客様ニーズに的確に応えられる販売網の構築を目指している。
- アルティウムバッテリーを搭載したGMのグローバルEV プラットフォームをベースに、ホンダ向けの新型電気⾃動⾞(EV)⼆⾞種を共同開発する内容に合意。また、GMとホンダの関係は20年以上前から始まっており、燃料電池やバッテリーなどにおける協業にも取り組んでいる。
- ホンダの最先端の環境・安全技術をはじめとするモビリティー開発力、車体製造技術およびアフターサービス運営の実績と、ソニーが保有するイメージングセンシング・通信・ネットワークおよび各種エンタテインメント技術の開発・運営の実績を持ち寄り、利用者や環境に寄り添い進化を続ける新しい時代のモビリティーとモビリティー向けサービスの実現を目指している。














