危機対応がブランドを裂いた夜、タイヤ自主回収の代償

真夏のテキサスの高速道路で、SUVが静かに横転した瞬間から、この物語は始まる。米国子会社ブリヂストン/ファイアストンのタイヤが関わったとされる一連の事故は、やがて数百人規模の死傷者を伴う社会問題へと拡大し、規制当局とメディア、そして長年のビジネスパートナーである自動車メーカーを巻き込んだ。原因は製造なのか、車両設計なのか、それとも顧客の使い方なのか──世界中の視線が交錯するなか、株式会社ブリヂストンは、かつてない規模のタイヤ自主回収という決断を迫られていく。安全を守るはずの製品が人命を奪いかねないと疑われたとき、企業は何を優先し、どこで判断を誤るのかという問いが突き付けられた。
この物語の主役となる企業はどこか
これは、株式会社ブリヂストンの物語。1931年に創業された同社は、乗用車用からトラック・バス用、航空機用まで幅広いタイヤを提供し、世界150カ国以上に販売網を持つグローバル企業である。[1] 世界三大タイヤメーカーの一角として、売上・生産の多くを海外が占め、事業の重心は早くから世界市場に移っていた。[1][2] 米国では子会社ブリヂストン/ファイアストン(BFS)を通じて自動車メーカー向けの新車装着用タイヤと交換用タイヤを供給し、SUV市場の拡大とともに存在感を高めていた。だからこそ、米国での品質問題は一地域のトラブルではなく、企業の信頼とブランドを揺るがす危機へと姿を変えた。
- 安全・スピード・公平感といった評価軸をあらかじめ決めておくことで、危機時にコストや責任論だけで意思決定が揺れにくくなる
- 技術データと現場の声を一元管理し、海外子会社から本社まで警告シグナルが早く届く経路を設計しておくことで、兆候段階でリスクを減らせる
- 原因が複合的な事故ほど、説明責任と被害者への配慮を分けて設計し、「誰が謝るか」「誰が原因を語るか」を分担して信頼を守る
どんな問題に直面していたのか
1990年代後半、米国ではフォードのSUV「エクスプローラー」が横転する事故が相次ぎ、ブリヂストン/ファイアストン製タイヤのトレッド・セパレーションが疑われた。[2][4] 1999年ごろから現地メディアは、南部の暑い州で高速走行中にタイヤ表面がはがれ横転に至る事故を特集し、タイヤ名とメーカー名が繰り返し報道された。米国高速道路交通安全局(NHTSA)は2000年5月、ATXやWilderness ATなど約4,700万本を対象とする欠陥調査を開始し、構造と製造工程、使用条件を検証し始めた。[3] 後の分析では、設計・製造要因に加え、SUVの重心や推奨空気圧、高温地域での高荷重走行といった条件が重なることでリスクが高まったと指摘されている。[4][6] しかし顧客や世論から見れば、タイヤはホイールの外側でブランドロゴが刻まれた部品であり、事故報道が繰り返されるほどに「ブリヂストンのタイヤは危ないのではないか」という不安が増幅していった。こうして株式会社ブリヂストンは、原因が単一ではないにもかかわらず、自社グループが矢面に立つかたちで、安全と信頼の危機に直面した。
どうやって解決しようとしたのか
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