棚卸しが遅れた開発投資、221億円の結末

決断には、いつも物語がある。けれど撤退の物語は、拍手ではなく沈黙で終わりがちだ。作った時間を、損失として確定する。その行為は、努力の否定にさえ見える。だが、止めるべきものを止めない限り、次の一歩は重くなる。ある春、ひとつの企業が、積み上がった開発投資に向き合った。結末は「約221億円」。数字は冷たい。でも、その冷たさの中に、明日から使える温度のある教訓が隠れている。そしてこれは、失敗を“次の勝ち”に変えるための、痛みの記録だ。[1]
この物語の主役となる企業はどこか
これは、スクウェア・エニックス・ホールディングス株式会社の物語。世界に向けてゲームと出版のエンタテインメントを届け、「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」といったIP(知的財産)を軸に、作品を長期で育ててきた。デジタル領域では、家庭用・PC向けのHD(High-Definition)ゲーム、オンライン運営、スマートデバイスなど、提供形態を行き来しながら新作を生み出す。[2]作品は運営や派生で価値が伸びる。けれど、その裏側で積み上がるのが開発費という名の時間で、いったん膨らむと戻すのが難しい。だからこそ、この企業の強みは『作る力』であると同時に『止める力』でも試される。
- 続行か中止かの評価軸を先に決め、顧客価値と投資回収の両面で条件判断し、現場にも共有する
- パイプラインを増やすほど、人材と開発費が分散し、完成度のばらつきと手戻りが増える。四半期ごとに必ず早めに棚卸しし、人員配分とやめる順番も更新しておく
- 損失を隠さず開示し、次の戦略とセットで語ることで、ファンと投資家の信頼を立て直す材料になる。透明性は噂の燃料を減らし、再発防止の仕組みも示せる
どんな問題に直面していたのか
問題は、失敗した一本の作品ではなく、作りかけの企画が増え続けた「群れ」だった。家庭用・PC向けのHDタイトルは制作期間が長く、外注も含めた人員は固定費のように積み上がる。しかも市場は、技術の進化とユーザー嗜好の変化が早い。開始時に描いた“正解”が、完成時には古びている。だが社内では、プロジェクトごとの進捗と投資額が細切れに見え、全体像の危うさが共有されにくい。資産計上された制作勘定は、止めるまで損にならないから、会計上は静かに膨らむ。[2]さらに、複数プロジェクトが並走すれば、判断の基準は曖昧になり、優先順位は政治になる。[4]現場は締切と品質の板挟みで、立ち止まって基準を磨く余裕を失っていく。「もっと作れば当たる」という発想が、品質を上げるための集中と相性が悪いことも、後になって分かる。[4] 棚卸しを先送りにした瞬間から、撤退は『いつか』ではなく『どれだけ痛くなるか』の問題に変わっていた。放置すれば、完成度の低いローンチと追加投資の連鎖で、次の看板作まで巻き込む危険があった。失敗は一度では終わらず、意思決定の遅れが次の失敗の燃料になっていく。気づいた時には遅い。
どうやって解決しようとしたのか
—ここから先は会員限定です—

会員登録済みの方はこちら













