【修正中】0円の約束が裂けた夜、数字だけが残った

目次

序章

無料は、魔法に見える。入口が広がり、契約数が伸び、周囲の空気まで明るくなる。けれど固定費の重い事業では、魔法は必ず代償を連れてくる。通信は、とくにそうだ。基地局を建て、電波を磨き、品質を揃える。その間も、毎月の支払いは静かに積み上がる。
楽天グループ株式会社が選んだ「1GBまで0円」は、世界観を一気に塗り替えた。だが、いつか終わると決めた瞬間から、物語は別の顔を持ちはじめる。条件が変わる夜、人は数字ではなく約束を思い出す。その夜に残るのは、料金表よりも“信頼の亀裂”の方だ。

この物語の主役となる企業はどこか

これは、楽天グループ株式会社の物語。国内ではEC(電子商取引)を中核に、金融やデジタルサービスを束ね、ポイントを軸に顧客の回遊をつくってきた。その輪の外側に、通信がある。スマートフォンの通信費は、日々の体温に近い支出だからだ。2020年4月、楽天モバイル株式会社は「Rakuten UN-LIMIT」の提供開始を告げ、物語の幕が上がった。[5]回線を持てば、ログインの頻度も、買い物のきっかけも増える。そう信じられた。だが通信は、規制と設備と品質が絡む、ゆっくり燃える炉でもある。通信を“入口”にしようとした瞬間、料金の一言がエコシステム全体の信頼を背負うことになった。

この物語ではどのような事を学べるのか

入口を無料にすると、契約理由が“価格だけ”に寄りやすく、実態の薄い回線が増えても気づきにくい。
・設備投資が先行する事業では、料金と原価の時間差を埋める設計(誰がいつ負担するか)と、品質改善の順番が意思決定を左右する。迷いを減らす指標も要るよ。必ず社内の言葉も揃える。
・批判が起きた後は、数値の反転より先に、ユーザーにとっての損得と代替案を示し、説明の筋を守り抜くことが再起の前提になる。

どんな問題に直面していたのか

回線の建設は、走りながら道を敷く仕事だった。人口カバー率を伸ばすほど基地局は増え、エリア外では他社へのローミング費用が残る。一方で料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VI」は、1GBまで0円という強い誘引を持ち、“とりあえず持つ”回線を連れてきた。[3]だが、使われない回線はネットワークの固定費を薄めてくれない。課金ユーザーが増えなければ、投資は投資のまま積もる。無料は宣伝文句としては明快だが、将来の値上げや条件変更に耐える余白を削ってしまう。実際、2022年度のモバイルセグメントは売上収益3,687億円と伸びた一方で、営業損失4,928億円を計上した。[2]同年度末のMNO契約数は506万回線、ARPUは2022年1–3月の837円から10–12月の1,805円へ上がったが、まだ足りない空気が残った。[2]無料を続けるほど、成長の数字は伸びても、事業の呼吸は浅くなっていった。放置すれば、連結の損失が膨らみ、資金調達や投資ペースの裁量まで揺らぐ。楽天グループ株式会社は、収益化と信頼の両方を失わない形で、料金と顧客体験の結び目を結び直す必要があった。[2]

どうやって解決しようとしたのか

必要だったのは、無料で集めた“入口”を、支払う意思のある“関係”へ変えることだった。価格を上げるだけでは反発が起きる。品質が伴わなければ、値上げは裏切りに見える。だから楽天グループ株式会社は、最低料金0円を含む「Rakuten UN-LIMIT VI」を終わらせ、新プラン「Rakuten UN-LIMIT VII」へ移行する方針を示した。[1]あわせて通話オプションの強化や、楽天グループサービスの特典で“払う理由”を足す。[1]料金改定は、収益だけでなく“納得の物語”を同時に用意しなければ成立しない。勝負は、告知の仕方と移行の手触り、そしてその後に見える品質改善にかかっていた。

課題認識・対応方針

項目詳細根拠/出所
課題認識1GBまで0円がライト層の契約を増やした一方、固定費の吸収が進まず損失が膨らんだ。条件変更時には0円層の離脱が集中しうる。モバイルセグメントの損失規模とARPU推移、契約数の開示。[2]/解約の中心が0円ユーザーという報道。[3]
対応方針0円を撤回し新料金へ移行、同時に通話オプションや特典で支払う理由を補強する。移行体験と説明を設計し直す。「Rakuten UN-LIMIT VII」発表と移行方針。[1]
対応方針の背景止血のスピードが最優先になり、ARPU上昇と損失改善の道筋を早期に作る必要があった。改善は料金だけでなくコスト削減や加入増など複合要因で積み上げる。2022年度の損失規模とARPU等の指標。[2]/Q1 FY2024での損失改善の説明。[4]

選択肢は何があったのか

選択肢内容期待できる効果コスト/難易度ステータス引用先
A0円は維持しつつ、対象条件(回線維持や利用条件)を厳格化して“実態の薄い回線”を減らす。一般に無料維持は獲得速度を守りやすいが、反発の火種も残す。獲得の勢いを維持しつつ、利用実態の薄い回線を抑制できる可能性がある。損失の止血が遅くなりやすく、固定費を抱えたまま長期戦になる難易度が高い。収益化の遅れが資金面の制約に直結する。[2][2]
B段階的に最低料金を導入し、オプションや特典で“実質負担”を調整しながら任意移行を促す。一般に反発は抑えやすいが、移行が進まないリスクがある。炎上リスクを下げつつ、ARPUを緩やかに押し上げる余地がある。移行が遅れると損失改善が遅延し、説明・運用が複雑化して現場負荷が増える。[1]
C0円を廃止して新料金へ自動移行し、同時に通話オプションや特典で価値を補強する(実際の施策)。ARPUを早期に引き上げ、収益化へ向けた止血のスピードを最大化できる。採用理由は、損失の拡大を止める必要性が高かったため。短期で反発・解約が起きやすく、説明設計と移行体験の摩擦低減が極めて難しい。だが止血は最速。[1][1]

※A/Bは、通信事業における一般的な無料維持・段階移行のパターンと公開情報から推察したものであり、公式に「選択肢」として明示されたものではない。Cは公表された方針と施策である。[1]

どの選択肢を選んだのか

選んだのは、選択肢C――最低料金0円を廃し、新料金へ自動移行させる道だった。[1]躊躇すれば、次の四半期も赤字が積み上がる。評価軸は三つある。顧客体験は、入口の魅力を落とさずに“使った分だけ”へ着地できるか。経済性は、投資と原価に見合うARPUへ近づけるか。スピードは、損失の拡大を止めるまでの時間を短くできるか。そして現実には、解約の中心が0円ユーザーになるという見立ても語られた。[3]無料を続けるほど損失が増える構造の中で、撤回は最も痛いが最も早い止血だった。他要因として、基地局整備の進捗やローミング条件の見直しも収益に影響するため、料金改定だけの効果とは切り分けて考えられた。[2]

どうやって進めたのか

まず、告知を一本化した。料金改定の理由を「収益化」とだけ言えば冷たいので、通話オプションの拡張やグループ特典を同時に出し、損失の説明と価値の説明を並べた。[1]次に、移行の段差を小さくした。既存の「Rakuten UN-LIMIT VI」契約者を新料金へ自動移行し、利用が少ない層にはポイント還元などで“急な負担”に見えない工夫を重ねた。[3][4]同時に、ネットワーク側は5G導入やエリア拡大で“払う理由”を後ろから支える必要があった。[4]KPIは、ARPU(平均売上)、解約率、データ使用量、通話オプション比率、そしてグループ内クロスユースの伸びに置いた。[2]想定外の離脱が出た場合は、施策を広げるのではなく、説明と移行体験の摩擦点を先に潰す。価格変更は告知で終わらず、移行体験と品質改善が揃って初めて「納得」に変わる。それでも批判は避けられない。問い合わせ窓口の増強と、FAQの更新、社内の言い回し統一まで、小さな擦れを減らす作業が続いた。
・ステップ① 料金改定の理由と新特典を同日発表し、メッセージを一本化する。[1]
・ステップ② 既存契約者の自動移行と負担緩和策で、離脱のピークを平準化する。[3]
・ステップ③ 品質改善のマイルストーンを置き、ARPUと継続率を四半期で追う。[2][4]

どんな結果になったのか

結果は、静かなバッドエンドだった。0円が終わると、解約は想定通り“軽い回線”から始まる。2022年4–6月期、MNO契約回線は純減22万回線となり、そのうち約8割が0円で利用していたユーザーの解約だったと報じられた。[3]数字は、意思決定の正しさを示すより先に、約束の変更を印象づけた。SNSには落胆が流れ、問い合わせは増え、現場の説明は追いつきにくくなる。空気は重い。収益面では、ARPUは2022年1–3月の837円から10–12月の1,805円へ上がり、データ使用量も同期間で9.5GBから18.4GBへ増え、濃い利用者の比率が高まった。[2]一方、2022年度末のMNO契約数は506万回線で、規模の伸びは思い描いた曲線から外れていく。[2]損失の山はまだ高い。2022年度のモバイルセグメント営業損失は4,928億円だった。[2]*値付けの修正”はできても、“信頼の修復”は四半期では終わらなかった。その後2024年1–3月期(Q1 FY2024)には、モバイルセグメントの損失改善が示されたが、これは料金改定だけでなく、コスト削減や加入数の増加など複数要因の重なりとして読む必要がある。[4]

区分内容コメント出典
顧客行動2022年4–6月期にMNO契約が純減22万回線となり、解約の約8割が0円ユーザーと報じられた。価格動機の契約は、条件変更で一気に離脱しやすい。[3]
社内学びARPUが837円→1,805円、データ使用量が9.5GB→18.4GB(いずれも2022年1–3月期→10–12月期)に上昇した。“濃い利用”は増えたが、獲得の物語が変わった後の回復は時間がかかる。[2]
外部評価Q1 FY2024でモバイルセグメントの損失改善が説明された。料金だけでなくコスト・加入増などの複合要因として評価する必要がある。[4]

要因は何だったのか

根本原因は、入口の設計が“集める”に偏り、“続ける理由”の設計が遅れたことだ。0円は獲得の摩擦を消すが、同時に顧客の期待値を固定する。固定された期待値は、撤回の瞬間に裏切りへ変わり、品質改善の努力まで疑われてしまう。そして撤回は、最も強い獲得メッセージも一緒に失う。次の獲得は、同じ速度では戻らない。通信は固定費と規制の塊で、回線が増えても利用が薄ければ損益は改善しにくい。2022年4–6月期の純減と、0円ユーザー中心の解約という報道は、その構造を露わにした。[3]経営側は止血を優先したが、ユーザー側は“約束の反故”として受け取った。価格の約束を先に作りすぎたことで、収益化の転換点が“説明の失点”になった。損失縮小は、料金改定だけでなく、エリア拡大やコスト低減など複線で進んだ。だが、最初の約束が残した傷跡は長く尾を引き、以後の施策すべてが「また変わるのでは」に晒され続けた。[2][4]

この物語から学べるビジネスヒント

料金は約束であり、撤回は信頼の通貨を削る。
・1 | 入口の施策ほど、終了時の移行手順と補償(ポイント等)に加え、解約率の警戒ラインを決めた“出口の脚本”を先に用意する。
・2 | 低価格で集めるなら、利用を厚くする仕掛け(品質改善の節目、体験差、特典連携)を同時に走らせ、課金の理由を言語化する。
・3 | 批判が出た後は「正しい」より「伝わる」。いつから何が変わるか、誰が得して誰が損するかを短文で揃える。
社内の説明が揃うほど、離脱のピークは低くなる。

どのような時に活用できるか

例えば、新規参入のサブスクや通信、物流のように固定費が重い事業で、獲得のために“無料”を打ち出したくなった時に、この失敗談は効く。無料は一気に入口を広げるが、撤回の瞬間にブランドの芯まで揺らす。実際に条件変更が起きると、ライトユーザーから離脱が先に出て、現場は説明対応に追われる。[3]だから真似をすべきではないのは、品質改善の確約や出口設計がないまま、「まずは数を取る」だけで無料を続けるやり方だ。無料を使うなら、いつ・誰に・どんな形で有料へ移すかを最初の契約書に書くべきだ。逆に、出口の脚本と計測指標が揃い、移行時に価値が増える設計ができるなら、短期の無料は“体験の扉”として機能する余地がある。移行後のKPIをARPUだけにせず、継続率と満足の指標も並べておくと、判断がぶれにくい。

終章

0円を消したのは、紙の上では“料金改定”だった。けれど人の側では、日々の支払いが増えるだけではない。「次も変わるかもしれない」という影が、契約の上に落ちる。あの夜、数字の止血と、信頼の温度差が同じ画面に並んだ。楽天グループ株式会社はその後、利用の濃度を上げ、損失を縮める方向へ舵を切り、2024年1–3月期(Q1 FY2024)にはモバイルセグメント損失の改善を示した。[4]それでも、無料を理由に集まった人の背中は、簡単には戻らない。失敗は、無料の魅力ではなく、約束を扱う設計の甘さを照らした。もしあなたが入口の施策に迷うなら、まず出口の物語を書いてほしい。誰が、いつ、どんな条件で次の段へ進むのか。その一行が、未来の問い合わせと炎上を減らし、次の挑戦を長く走らせる。そして、続けられる。

出典一覧

[1] 「『Rakuten UN-LIMIT VII』提供開始および料金プラン改定のお知らせ」|楽天モバイル株式会社(プレスリリース)|https://corp.mobile.rakuten.co.jp/news/press/2022/0513_01/ |公開日:2022-05-13
[2] 「2022年度決算ハイライト(Financial Results Highlights)」|楽天グループ株式会社(IR/プレスリリース)|https://global.rakuten.com/corp/news/press/2023/0214_06.html |公開日:2023-02-14
[3] 「楽天モバイルの解約の8割は0円ユーザー、純減は22万回線――2022年4~6月期」|ケータイ Watch(Impress)|https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1430816.html |公開日:2022-08-10
[4] 「2024年1~3月期(Q1 FY2024)決算ハイライト」|楽天グループ株式会社(IR/プレスリリース)|https://global.rakuten.com/corp/news/press/2024/0514_01.html |公開日:2024-05-14
[5] 「楽天モバイル、携帯キャリアサービス『Rakuten UN-LIMIT』の提供を開始」|楽天モバイル株式会社(プレスリリース)|https://corp.mobile.rakuten.co.jp/news/press/2020/0408_01/ |公開日:2020-04-08

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